2017年8月7日月曜日

福島・ドイツ高校生交流プロジェクト7日目 広島原爆慰霊 ハノーファー

福島の高校生訪独7日目は平和を考える日となりました。
この日、訪問しているハノーファー市は広島市と姉妹都市で、毎年、開催されている、8月6日の原爆慰霊の式典に参列した。
ハノーファー在住の田口さんを通じて、貴重な1日を過ごすことになります。
ハノーファー市長と牧師さんのスピーチで始まった式典に、高校生たちは浴衣姿や制服で参加。
平和について考える時間となった。
その後、田口さんをはじめとした、在ハノーファーの日本人コミュニティーの方々やその知人に市内を案内してもらいました。
まずは、市役所に行ったのですが、その向かいの大きなホテルが、いまハノーファーでの難民の受け入れ宿泊所になっていました。
市役所では、世界でも珍しい、斜めにあがるエレベーターがあり、屋上の展望台まで有料ですが、市長の計らいで全員無料にしていただきました。
その後の市内観光では、市内のいたるところにある芸術家たちのオブジェやつまづき石などの説明を受けながらの観光をしました。
つまづき石は、第2次大戦の時にユダヤ人が住んでいて、ナチスによって強制収用された人たちの家の前に設置されています。
5cm×5cmくらいの石には、当時住んでいたユダヤ人の名前、その人が強制収用された日などが刻まれています。
軽んじられている一人一人の命を21世紀になっても、22世紀になっても忘れない大きな決意がみうけられました。
私たち日本人の多くに、第2次大戦の時に奪った命や重みを考える意識すらないのが、私自身、あらためて反省しました。
二日続けての長距離移動と洗濯がなかなか出来ていなかったので、この日は早めに宿に戻り、体を休めつつ洗濯などを済ませていました。
夕方からの広島を考えるセレモニーには2人の高校生が参加したので、ブログで紹介している高校生の感想にちょっと違いがあると思うので、ぜひごらんください。
アースウォーカーズ代表理事:小玉直也




福島県立安積高校1年 渡部めぐ 広島式典参列・市内観光

今日は朝から教会へ行って広島の追悼式に参加しました。
ハノーファーは広島市と姉妹提供しているそうです。

原爆を落としたのはドイツではなくアメリカであるのに、72年経って今も遠く離れたドイツから祈りを捧げられているのはありがたいことだと思いました。
戦争と言う同じ失敗を繰り返繰り返さないために平和を祈ることが大切だと改めて実感しました。

午後は市街地の観光してドイツの歴史に触れました。
ナチスの頃の虐殺されたユダヤ人の名前掘ったモニュメントやつまずき石は、1日1日過ぎゆく中で、過去を思い出し過ちを反省する姿勢と、未来に向けて平和の大切さを訴える姿勢があると思いました。

広島の原爆ドームも同じだと思います。戦争やヒトラーの虐殺は人々にとって辛い過去だけれども、その過去は私たちに平和がどんなに大切であるかを教えてくれています。

日本ではこれから戦争が起こらないと言い切れません。
だから私は原爆10日から72年経った今日、もう一度平和について一人一人が考える必要があると思います。

また、ナチスヒトラーについて知らないことがたくさんあるしそれについてもう一度詳しく知りたいと思ったので家にある本をもう一度読みたいです。




尚志高等学校1年 八木沢美咲 訪問先:ハノーファー

今日はまず広島原爆式典に出席しました。

日本の文化の1つである茶道を見たり、市長さんの原爆に対する思いなどが雰囲気で聞き取れてよかったです。

ハノーファーの観光では新市役所にまず行きました。
少し傾いている変わったエレベーターでしたが乗っていてテンションも上がって楽しかったです。
上から見た景色はすばらしくて風は結構あって寒かったのですが、いい写真も撮れたのでよかったです。

また頂上から1階ずつ下へ降りるとその階によって見える景色の雰囲気など変わるので、おもしろかっです。

お昼は近くの屋台でソーセージとポテトを食べました。
ソーセージはやはりジューしーでボリューミーで食べ応えがあってお腹にもすぐたまりました。

そのあとはさまざまな場所を解説とともに観光しました。
道に埋められているつまづき石の意味合いなど、興味をそそられるような話をたくさん聞くことができ勉強になりました。
今日は貴重な体験をたくさんできてよかったです。




学法福島高校 2年 緑川 果琳 訪問先 教会(ハノーファー)、市役所

今日は私たち日本人にとって特別であり大切な1日です。
8月6日広島に原爆が投下され多くの人々が命を失いました。この事はいつまでも忘れてはいけない事だと思います。

今日の朝、ハノーファーの教会で市長が広島についてのお話をされていました。ドイツ語だったので内容理解ができず残念でしたが、ドイツからみて、日本は他の国にすぎないのになぜこのような事をしてくれるのかがすごく疑問でした。

しかし市長の方はドイツと日本は友好関係があり、日本で起きた大きなことを忘れないようにし平和を維持していきたいという思いがありやっていると直後に気付きました。

それは平和の鐘を鳴らした事、千羽づるやお茶をお供えした事からわかりました。
セレモニーが終わると田口さんが教会の下の白線について説明してくださいました。それは、広島に原爆が投下された8時15分の教会の影をなぞった線でした。
そのことを知った時とても感銘を受けました。

セレモニーが終わると市内観光をしました。
始めに、市役所に行きハノーファーの歴史について学びました。戦争後でも市民や政府が諦めずに復興をしたことがわかりました。

また街の様々なところにつまずき石というプレートがありました。これにはナチス政権の時に様々な理由によって虐殺されてしまった人の名前、どのように虐殺されてしまったか、捕まった日、虐殺された日が彫られていました。

また、殺されてしまった人々の名前などが書いてある石碑には人と人とが向き合える場所があり、戦争について、当時の悲惨な事件について、将来について話し合える場所になっていました。

私がこの場所を見た時言葉にどう表せばいいのかわからなくなってしまいました。たくさんの人々の名前が彫られていて、悲しいとか辛いといった感情の言葉だけで済まされるような出来事ではなかったからです。

大量虐殺という決して地球上の生物に使ってはいけない言葉を現代にあったら、私だったら、毎日1日が長く感じてしまうと思います。家族を一瞬でも見なくなってしまうと震えだすと思います。

とても貴重な話を聞けた後、広島・長崎の話を市役所で聞きました。長崎に原爆が投下され実際に炎で焼けただれてしまった方の話が書いてある紙芝居を見ました。

その後実際に先祖の方が犠牲になってしまった方の話を聞きました。ナチス政権の話の時同様、言葉に表せませんでした。

自分自身が勉強不足で知らなかった事の大きさ、重大さ。目の前にいる方の先祖の方が亡くなったと聞いた時のなんとも言えない心情。
一つ一つが自分の中での整理がつきませんでした。私はいつも自分のこととして考えてしまいます。

その時自分のこととして考えた時、私の中でどっと何かが重みとして来ました。このようなことをずっと考えてしまった1日で、いつも以上に疲れが大きかったように思います。

私たちは本当に幸せな時代、地域に生まれた数少ない人間だと思っています。家族や友達の顔が当たり前のように毎日見れ、1日3食しっかり食べることができ、住まいがあり、道を普通に歩くことができ、学校に通うことが出来る。夢や目標も自由に持てる。

そんな幸せな暮らしがある私は幸せです。戦争や平和について1日かけて学びそう思いました。これからこの幸せな生活1日1日を大切にしていきたいです。




福島県あさか開成高校 2年 鈴木ひなた 7日目:広島原爆式典、市内観光

今日は広島原爆式典に参加しました。まず、私は原爆と長崎と直接的に関わっていないドイツが広島と長崎に落とされた原爆の死者や未来へ伝えるためにこのような式典が行われていることに嬉しく思いました。

また、その場所では広島に原爆が落とされた時の8月6日、8時15日の影を線で表しおり、その日の状況ををはっきりと伝えようとしているところがすごいなと思いました。

改めて原爆について考えさせられる機会になりました。
午後は、ハノーファーの市内観光をしました。最初は、ハノーファーの市役所に行き斜めに上がるエレベーターに乗り景色を見たり、ハノーファーの歴史について学ぶことができました。

市内観光では木組みの家を見ました。また、人が連れ去られた日連れ去られた人の名前、生きていた日が描かれたものがありました。また、殺されたユダヤ人の名前が彫られてある置物がありました。

以上のことからハノーファー市民が後世に伝えるためにこのような物を作っていることに感銘を受けました。このようなことを作ることで意識を変えることができると思いました。




桜の聖母学院高等学校 一年 伊藤光雪 7日目 ハノーファー

今日は朝起きてすぐ浴衣を着たので、息苦しかったです。私は特に浴衣がきつかったので、朝食を食べるのが大変でした。朝食後、直ちに向かったのは教会でした。

広島から遠く離れたこの地で、ミサが行われていることにただただ感謝です。千羽鶴やお茶の披露など、たくさんの日本文化が演じられていて、きっと亡くなった方々も安らかに眠っていると思います。

その後、市役所に向かいました。あんなに立派で壮大な市役所は初めて見ました。ハノーファーの町がうつり変わる様子を見て行く上で、戦争の影響力を改めて感じました。人の手で作り出したものを、人の手で壊してしまったのは、なんの利益もないのになと思いました。

ハノーファーの町を散策していると、街のいたるところにモダンと伝統の融合が見られました。特に建物について、現代風な家と昔の家があって、それが違和感なく存在していたのが、一番驚いていたことです。

また、殺されたユダヤ人の方々の名前が全て書いてあるモニュメントを見て、自分たちの過去に対峙している姿勢が日本には、まだ少ないなと思いました。

過去を過去のままにせず、過去を今にも生かす。そうすれば、日本も大きく成長できると思います。

7日目を終えて、早くも一週間が過ぎていたことに驚きました。ドイツという国が、人々がどのようなものか、だんだん慣れてきました。これからはいい意味で、ドイツの悪い面も見て行きたいです。




8月6日 長島美侑 福島高校1年 ハノーファー

広島原爆式典では、市長さんのスピーチを聞いて追悼をしました。お茶を日本の方がたてていました。部屋の入りから出るまで作法に従って礼儀正しくこなされていました。

お茶道具をそっと扱う姿が日本の女性の慎ましさを感じました。鶴を供えてきました。新市役所内の市街地パノラマをみました。

年代ごとに街の様子が全く違いました1689年は街の周りを柵で囲み、川を掘って外堀の様になっていました。1939年は1969年に比べて家屋の数が増え、市として大きくなっていました。

1945年は戦後の様子で砂埃を被った街の様子でした。市役所は少し崩れただけでした。現在は道が張り巡らされ公共施設が増えていました。

旧市役所の役目は結婚したときなどに戸籍関連の事務を担当するのみだということを初めて知りました。つまづき石は犠牲者を慰る気持ちが込められていて素敵な考えだなと思いました。

犠牲者の名を彫ったモニュメントの上の部分が椅子と椅子が向かい合っている様な形をしていて考えさせられるなと思いました。




福島県立安積高校 1年 岩崎有稀   ハノーファー

今日は、朝早くに教会へ移動して、原爆についての式典に参加しました。その後市庁舎や市内を観光して帰るという流れでした。

教会での原爆に関する式典では、ハノーファー市長や司祭さんのお話を通訳して聞かせてもらいました。二人とも原爆投下に対しての悲しみと、繰り返してはいけないということをいっていました。

市庁舎にはとても珍しい斜めに動くエレベーターがありました。これはとても珍しくヨーロッパ全体でも数少ないそうです。

市内観光では、市内の至るところにアートがあって大変興味深かったです。どれも、理解するのが大変でしたが、独特な雰囲気を感じることができました。

そして街中にはドイツがナチス時代に殺した人のことを残すためのメッセージがたくさん残っていました。

私はこのようなものを見て、、ドイツからはプラスの面だけでなく、マイナスの面からの、たくさん学ぶべきものがあると思いました。




福島県立橘高校 1年 吉田美咲 訪問先:ハノーファー広島の式典 

 今日は広島の式典に参加しました。教会に行くと聞いていたのでてっきり屋内での式典なんだろうと思っていました。着いてみたら天井がなくて壁だけの教会でした。

この教会の天井は第二次世界大戦で落ちたものだと聞きました。戦争によって壊れたものをそのまま取っておくことで戦争の悲惨さを伝えようとしているドイツの姿勢は素晴らしいと思いました。

そしてそんな戦争の悲惨さを伝えてくれる教会で原爆の犠牲者を追悼する式典を行なうことでよりメッセージを強く伝えられると思いました。

 市内散策ではハノーファーのきれいな街並みを楽しめました。街の中に芸術作品が数多く設置されていました。生活の中に芸術があるなんて日本では考えられないことだと思いました。

また第二次世界大戦のときに亡くなったユダヤ人の人々などの名前が書いてある「つまづき石」や大きなモニュメントも見てきました。

自分達の先祖がしたことを忘れないで伝え続けようとしているのはすごいと思いました。

ドイツの嫌な過去を覚え続けようとすることは日本でもやっていきたいと思いました。

でも街の中にタバコの吸殻などのゴミがたくさん落ちていることや、ゴミ箱が溢れかえっていることなどは日本では見たことがなかったので少しびっくりしました。

このような部分は日本のいい所だと思ったのでそこは続けて行けるようにしたいです。


2017年8月6日日曜日

福島・ドイツ高校生交流プロジェクト6日目 ケルン大聖堂

この日は宿泊先のデュッセルドルフibisホテルからケルンに移動して、世界遺産のケルン大聖堂を観光。
そこからボンに移動して歴史博物館を観光。

ボン歴史博物館は残念ながら、改装中で、一番見たかったナチスの歴史を学ぶスペースは入ることが出来ず、去年、一昨年高校生たちと一緒に訪問したデニツが説明しました。

午後からデュッセルドルフに戻り、NRW州福島県人会の幹事をされている金澤さんの経営する美容室ミラージュにあいさつにうかがい、独日産業協会(DJW)に行きました。

DJWでは、日独の中小企業の大切さ、そこの雇用やビジネスや交流など様々なサポートをしている話をしてもらいました。

ここでも高校生たちは、多くの事を学ぶ機会となり、エネルギー転換の重要性だけだけでなく、日本企業とドイツ企業がお互いにうまくいくよう、活躍している組織の歴史の長さなど深まる日となりました。

その後、荷物をピックアップしてハノーファーのユースホステルに移動。

この日の案内役担当の高校生2人(光雪とひなた)はデュッセルドルフ中央駅で一生懸命、行き先の電車を探し、ホームを見つけみんなを案内する。下記ブログでそのことも触れているので、ぜひご覧ください。

海外に来てすべて手取り足取りするのではなく、自ら歩けるよう、移動の際の担当者を2人1組を決め移動しています。

アースウォーカーズでは、福島の子どもたちの支援が継続できるよう、マンスリーサポーターを募集しています。詳しくは下記サイトをご覧ください。
http://earthwalkers.jp/pg621.html





福島県立橘高校 1年 吉田美咲 訪問先:ケルン大聖堂・ボン歴史博物館・日独産業協会
 今日はまずケルン大聖堂へ行きました。とっても大きいのに細かな飾りがたくさんあってびっくりしました。

中に入ってみるとすごく天井が高くて神秘的な空間でした。彫刻やステンドガラスがとても細かく作り込まれていて、壮大な世界観がありました。

私はキリスト教について何も知らなくて彫刻やステンドガラスに込められていて意味がさっぱり分かりませんでした。
もしもまた行くことがあったらキリスト教について勉強してから行きたいと思いました。

頂上の展望台へは長い螺旋階段を登って行きました。ぐるぐるぐるぐるとずーっと回り続けたので目が回ってしまいました。階段は上りより下りの方が大変でした。階段は上りより下りの方が大変でした。

ボン歴史博物館ではボンの車の歴史について学びました。
その後デニツから第二次世界大戦のときのドイツについて教えてもらいました。もし私が大学生になってドイツの高校生に第二次世界大戦のときの日本について教えるとしたら、こんなに詳しく自分の考えを交えて話すことは出来ないと思いました。




福島県立安積高校1年 渡部めぐ ケルン大聖堂 DJW
今日は午前中はケルン大聖堂とボン博物館に行き、午後はガブリエーレ・カストロープ・福井さんと懇談する為に、日独産業協会へ行きました。

ケルン大聖堂は世界一高い教会と言う事もあり、見上げるのも一苦労な程大きい教会でした。中のステンドグラスはとても大きかったですが一つ一つが細かく施されていて、とても素敵でした。

永遠の螺旋階段で上の展望台まで上がりました.狭い階段を上り続けていると、精神的に辛いものがありましたが、ケルンの町並みを一望できて、苦しかった階段ののぼりの疲れもなくなりました。

次に行った時は、もう一度のぼって、もっと長い時間見学したいです。ボン博物館ではナチスについての展示は見れませんでしたが、デニツの話しを聞いて、日本と違う点をみつけました。

ドイツは授業の中でドイツのナチスの事を沢山勉強して、周りの国に反省の姿勢を持って接しているようでした。それは日本とは違う点で、日本では第二次世界大戦の時に日本がオーストラリアを習いません。

また、中国や韓国とは友好的な関係にないのは過去の深刻な事実を若者が知らないからだと思いました.歴史を幅広く浅く学ぶより、もっと大切な事に重点を置いて歴史を学びたいです。

福井さんと話した時には、日本とドイツが戦争の前から関係が続いているという長さに驚きました。特に今、話題となっているディーゼルエンジンと電気自動車の話しは興味深いものでした。

紙一重で、企業にとってバランスが難しい問題だと思いました。
明日は広島の原爆追悼式に参加します。
心を落ち着けて臨みたいでです。




尚志高等学校1年 八木沢美咲 訪問先:ケルン大聖堂、DJW
まず今日は、ケルン大聖堂に行きました。世界遺産を間近で見れて感動しました。ケルン大聖堂の中はキリストを示したようなものがたくさんあり、見ていてとても勉強になりました。

ケルン大聖堂は、日本では決して見れない建物の造りだったので思わず見入ってしまいました。また今日は、ケルン大聖堂の1番上まで階段を使って行きました。

階段を上っている最中はどこまでいっても同じ景色が続いていたので大変でしたが1番上まで来れてよかったです。1番上から見る景色は格別で苦労して登ってよかったなと思いました。

下りるときも景色が変わらなかったので足を踏み外しそうで少々怖かっです。

懇談では、ドイツと日本の歴史の深さや関係性について詳しく学ぶことができました。
ドイツと日本はこれからの目標として1つ目は、お互いから習いあったりすることで成長できるような態度をとり経済的に協力することで2つ目は中小企業同士の協力が必要になってくることがわかりましたわ。

DJW日独産業協会は、求人、求職サービスをしていて求職の面では幅広い職業に対応していることを知りました。
車のことに関しては2020年までにリーゼルをお互い使わず電気自動車にすることを考えていることも知りました。今日得た知識を自分の知識の1つとして蓄えたいと思います。





学法福島高校2年 緑川 果琳 訪問先 JDW ボン ケルン大聖堂
まず、ケルン大聖堂に行き、テレビでは見たことがありましたが初めて目の前で見ることができ、とても感動しました。展望台まで登る階段は辛かったですが、とても綺麗で良い思い出になりました。

ボンではあまりみることができませんでしたが、デニツから話を聞きもっと日本も先祖がしたことを受け止め歴史を学び、次の世代伝えていくということをしなくてはならないと思いました。

デニツが話をしてくれた時にナチスの恐怖政治に対し改めてもう1度このようなことを繰り返してはならないと思いました。差別ということは絶対にあってはならないことだと思いました。

しかし、今日では差別がナチスのような大きな差別ではなくてもクラスや社会の中で人種差別や友達の中での差別があります。そのような差別をなくさなければいけないと思います。

なぜ差別をするのか、なぜそう思うのかを聞き慎重に話をしていかないといけないと思います。

また、JDW(日独産業協会)ではあまり知らなかった日本とドイツの経済的な関係を聞くことができ、とても有意義な時間を過ごすことが出来ました。

ユースホステルの電車の中でスピーチを見てもらった際、丁寧に教えていただきとても良かったです。

今日1日を振り返ると自分自身がなぜ今まで知ることが出来なかったのかすごく怒りがあるし、すごく後悔があります。

今まで知る機会が少ししかないからと言って自分から調べるということがなかったのではないかと思いました。このような状況を今後作っては絶対にならないと思いました。





福島県あさか開成高校 2年 鈴木ひなた 6日目:ケルン大聖堂観光、ボン歴史博物館見学、デュッセルドルフ独立残業協会訪問、懇談
今日の行動は私と私のペアの人を中心に行動しました。

まず、ケルン大聖堂に行くので何の電車に乗るのか、何時に行くのかなど外国で初めてのことで戸惑いました。

ケルン大聖堂はペアの人がリードしてくださり無事に着くことができました。ケルン大聖堂は建物に様々な人が描かれつおり、細かい所までありとても綺麗でした。

内部にはステンドガラスが使われており昔の人の行動を表した像を見ることができました。

次はボン歴史博物館に行きました。そこではナチスの歴史や車の歴史について学ぶことができました。

次はデュッセルドルフ独立残業協会に向かいました。インフォメーションに電車の時間を聞きに行きましたが、何といったら良いのかわからず地名を単語でしかいうことしかできませんでした。

しかし、それだけいうとそこに向かいたいのかそこにから来たと伝えたいのかが分からなくなってしまうので今後は文法で言えるように頑張りたいです。

そこでは、ドイツと日本の関係が1861年に江戸と日本とプロセインが通商条約調印したときから続いていることを初めて知りました。

また、中小企業の大切さ、DJWの活動について学ぶことができました。

帰りは、私が先頭に立ち電車の場所を確認しました。UやRを区別することが難しかったです。次回は、スムーズに動けるように電車の見方と英語を覚えます。




桜の聖母高等学校 一年 伊藤光雪  6日目:ケルン、ボン、DJW
今日は朝早くに出発しケルン大聖堂に向かいました。今日はリーダーだったので電車の時間を調べたりと大変でした。でも、方向音痴な私が無事に目的地に着くことができて嬉しかったです。

 ケルン大聖堂は今まで見たことのある教会の中で一番大きなものでした。ゴシック形式で、素敵な彫刻がされていて、とても素敵でした。

なかは、ステンドグラスが張り巡らされていて、物語のようになっていました。イエスがどのように貼り付けにされていたのか、彫刻を通して見ることができました。厳かな雰囲気で人々の声が響いていて素敵でした。

ボン歴史博物館では、戦下中、人々がどのような生活をしてきたのか知ることができました。自分自身で行き方を選択できない生活とはどのようなものでしょうか。思い込みがどれだけ怖いものか知ることができました。

DJWでは、日本とドイツの関係について知ることができました。経済的に日本とドイツは似ているところがあったのでお互いに刺激しながら成長できると思います。また、その市には多くの日本人がいて、日本人にとって住みやすい環境があって、自分もし将来このような街のある外国に住みたいと思いました。

 6日目を終えて、だいぶドイツに慣れてきました。
自分の英語も自信が持てるようになるまで全力を尽くして行きたいです。私が福島にできることが少しづつ見つけ出すことができています。毎日毎日進歩しています。

この姿勢を最後まで続けて行きたいです。また、体調が崩れ始めたので、気をつけて行きたいです。




8月5日 長島美侑
ケルン大聖堂は目が回る様な階段が続き一番上に着くまで息を切らしながらも進み続けました。

やっとのことで広い展望台に到着しました。ケルンが360度一望できました。ボン歴史博物館ではナチス、ヒトラーの行ったことなどが写真や音声を用いて展示されていて分かりやすかったです。

独日産業協会(DJW)ではDJWがどんな活動をしているのかよくわかりました。日本が中小企業が盛んなことは知っていましたが、ドイツと日本の中小企業の間で交流があったことは初めて知りました。

Dong Energy Wind Germany Gm bH 、PN Power plants AG、Mitsubishi Hitati、Power systems の化石燃料による発電、oko zent rum NRW(エコセンターNRW)などの場所にも興味が湧きました。

エレクトロ•モビリィティがドイツで発電同様に進んでいないことに驚きました。ディーゼルカー、ハイブリッドカーは発電には直接関係ないかもしれませんが、電気を消費していることに変わりないので、推進していくべきであると思います。




福島県立安積高校 1年 岩崎有稀  6日目  ケルン&ボン
今日は朝早くにホテルを出発してケルンに向かい世界遺産であるケルン大聖堂を観光後、ボンに向かい、様々なものを見たあと、ファノーファのユースホテルにチェックインするという流れでした。

   ケルン大聖堂はとても堂々としていました。あの姿はとてもかっこよかったです。ケルン大聖堂の上にある展望台に上ったのですが、ずっと螺旋階段だったためか、かなり怖かったです。

ボンでは、ナチスのユダヤ人の虐殺、戦争についてなど、ドイツの負の遺産について学ぶ予定だったのですが、改装のため見ることができず残念でした。

しかし、デニスが戦争について話をしてくれたのでよかったです。ドイツでは戦争のあった近代史を重点的に学び、他国への姿勢を教わると聞いて日本との違いを学びました。

  また、移動の鉄道の中で、見知らぬ外国人に対してスピーチをしたのですが、発音やイントネーションなどたくさん教えてもらいました。

また、初めてドイツ人とまともに1対1で英語で話をしたのですが、会話をすることが、とても楽しかったです。

あまり高度な会話をすることはできなかったのですが、会話をすることは自分の自信にもなりました。

明日以降なるべく積極的に外国人に言葉をかけて仲良くなっていきたい。もちろんスピーチもうまく出来るようにしたいです。

2017年8月5日土曜日

福島ドイツ高校生交流プロジェクト 5日目 デュッセルドルフ

4日間お世話になったフライブルグ郊外のユースホステルをチェックアウトして朝から移動しました。

第2の滞在都市デュッセルドルフに向かいます。

途中、乗り換えの際に、アンドレアスと別れ、高校生8人、デニツ、私の10人で移動。

デュッセルドルフのibisホテルにチェックインした後、通訳家の鹿沼さんと合流してデュッセルドルフ市環境局を訪問。

朝早かったのと、長距離移動の疲れから、睡魔が襲うと思いきや、めっちゃ面白い話が聞けて、多くを学ぶことができました。

デュッセルドルフ市でのエネルギーの取り組みや企業との連携から、CO2排出量や電気自動車の導入計画、熱エネルギーの再利用など、行政が市民と一緒に進めている取り組みが本当に面白かったです。

そして、国境を超えた福島と同じシステムのベルギーの原発、フランスの原発に苦言を呈し、さながら日本の脱原発の活動家と言われてもおかしくない発言を市の職員がしているのが興味深かった。

そんな質問をぶつけたら、私たちは環境省の職員で環境を一番に考えるのが仕事なんだって。笑

それと、もうひとつ興味深かったのが、話の中で
デュッセルドルフ市で出来ていない事を改善点として話して、暖房システムの弱点やこの点は日本のビルシステムが進んでいるとか、ドイツの自動車よりTOYOTAの方が電気自動車の技術が高いとか、多くの自分たちの弱点も話してくれました。

日本では、自治体の進んでいるところを報告されることが多いが、自分たちの弱点や改善点を報告するのを
あまり聞いたことがないので、衝撃を受けました。

そんなデュッセルドルフ市役所でのやり取りも質疑応答が次々高校生から出され、時間もオーバーしての訪問となりました。

移動して、デュッセルドルフの日本人コミュニティーの方々が企画してくれた場所での福島報告会。

英語での大勢の前でスピーチをするのは初めてだったので、みな緊張してましたが、堂々としたものでした。

会場からの質問にも答えながら、報告会を終え、同会場でみなが手作りの料理を持ち寄った夕食を食べながら懇親会が盛り上がりました。

会場で寄付を募ったら160ユーロが寄せられ、今回の高校生たちの行程で活用させていただきます。
ありがとうございました。

特定非営利活動法人
アースウォーカーズ
代表理事:小玉直也



福島県立安積高校1年岩崎有稀 5日目 環境局~デュッセルドルフ在住の日本人との交流

今日は、環境局で話を聞いた後、デュッセルドルフ在住の日本人達へスピーチをして、その質疑応答を含めた交流会をしました。
   環境局では、現在デュッセルドルフで行われているエネルギー政策の優れている点、優れていない点、そしてそれの改善方法など様々なことについて話し合うことができました。
   私が驚いたことは、環境局という行政の人達が日本とは違い、しっかりと自分たちの政策の劣っている点を認め、それらをしっかりと直していこうと市民に呼び掛けている点です。
このような姿勢が一番大切なのではないのかなと、考えました。
また、デュッセルドルフ在住の日本人に対してのスピーチでは、初めてのスピーチ立ったこともあり、あまりうまく出来ませんでしたが、現時点での自分の全力を出すことが出来たと思います。
そして、その後の質疑応答では、私の思いもしなかった質問がたくさん飛び出してきた。中には私でも整理しきれていなかった問題もあった。解答はその後のフリートークでしたのですが、その解答に対して質問されるなど、なかなか大変でしたが議論を重ねたことで自分の考えを広げることに繋がったのでよかったです。




福島県立橘高校 1年 吉田美咲
訪問先:デュッセルドルフ環境局・在独日本人の方へのスピーチ

 今日は午前中は移動でした移動中の電車内で車椅子の方に席を譲ったときに少しパニックになって、何も話せなくなってしまいました。日本でも席を譲ったりするときに声をかけたり出来なくてジェスチャーですませてしまっていました。いきなり英語でやるのは難しいと思うけど何かするときやしてもらうときにはもう少し何か話しながら行動できるようにしたいです。
 午後からはデュッセルドルフ環境局に行きました。取り組んでいる内容やお話がいい意味で役所っぽくないと感じました。私が公務員に抱いていたイメージとは違っていて驚きました。私がデュッセルドルフ環境局で特に印象に残ったことは2つあります。1つ目は南極や北極の氷が溶けるとドイツの街がこれぐらい沈むという画像を見せてもらったことです。何も無さそうな小さな島だけでなく大きな都市も海面上昇によって沈んでしまうと知ってとても驚きました。2つ目は市民が行政を動かしたこと行政の方が自ら発言していたことです。私の中では市民が行政を動かすということは行政の負けのような気がしていました。しかしデュッセルドルフ環境局の方は私のように考えず、市民が声をあげて行政を動かすことを素晴らしいことだと考えているのだろうと感じました。
 デュッセルドルフ環境局訪問後、在デュッセルドルフの日本人の方々にスピーチしました。その前に小玉さんが今の福島とアースウォーカーズについて説明をして下さいました。そこで知った福島は私の知らない福島でした。自分の考えが甘かったと感じると同時に私は本当にこのスピーチを読んでもいいのだろうかと不安になってしまいました。スピーチではできるだけ聞いてくれる人の顔を見ようと思ったので机に原稿を置いてスピーチしました。文頭などは見ながらだったけれどだいたいは見ないで読むことが出来ました。途中、本当に読んでもいいのかなと不安になった所を読もうとした時、急に文が飛んで原稿を目で追えなくてしばらく止まってしまいました。落ち着いて原稿から探し出して読み直すことが出来たけれどしばらく頭がぐるぐるしていました。本当にその文を読むべきかもう一度考え直すと同時にもっと正確にスピーチを暗記してまったく見なくても読めるようにしたいです。今日までのプログラムは「本当にそれって正しいの?」と思うことばかりでした。しっかり考えて自分自身で答えを見つけられるようにしたいです。




福島県立安積高校1年渡部めぐ:5日目 環境局 在独日本人の前でスピーチ
今日はデュッセルドルフの環境局に行って、環境や再エネについての話を聞きました。担当して下さった人たちは役所の人と思えないほど反原発の意見を持っていて、1つのことを多くの視点から見ていて、本当の市民の代表だと思いました。
代独日本人の前でのスピーチはとても緊張して、インプットしていた内容が飛んでしまったので、これからさらに練習を重ねてもっとわかりやすく伝えられるようにしたいです。
もっとたくさん環境局やスピーチ食事会について書きたいことがありますが、1番今日深く考えた事について書きたいと思います。他の内容は他の人のレポートを読んでて察してください。私たちが在俗日本人の前でスピーチした後に、1人の女性が女性が地震を思い出してスピーチするのが怖くないのかと質問しました。今までそんなことを考えたことがなかったし、地震にあったとき私は幼なかったため、地震は私の人生において当たり前になりつつあったので、恐怖を感じた事はありませんでしたが、質問された時に思い出して、考えたことがありました。
それは私がイタリアに40日間保養に行ったときのことです。福島から40人くらいの小学生がいたうちの10人ぐらいが40日間一緒に生活しました。その滞在の中でアッシジのフランチェスコ聖堂に行きました。そこで印刷してくださった方がポストカードを買ってくださいました。私は両親に手紙を出すことができて嬉しかったのですが、1人の男の子はそのポストカードを見て泣きました。お父さんとお母さんが見えると言ったのです。その時私は、彼が何か夢を見ているのかと馬鹿にしました。後から聞いた話によると、彼の両親は津波によって亡くなったそうでした。当時の私は、津波でたくさんの人が死んだことが当たり前だと思っていたのかもしれません。けれど、震災があってから4ヶ月後の夏休みの出来事だったので、今考えると感覚が麻痺して、無意識に、震災と言う辛い記憶を消していたと思う思います。だから、今まで地震について伝えることを怖いと思うことはありませんでしたが、今日改めて考えるとそれは逆に地震の恐怖から逃げているだけだと思いました。この男の子のように、両親がなくなると言う辛い思いをしている人がいることを、もっとスピーチ等で伝えないといけないと感じました私は地震にあい、原発事故も経験しましたが、両親と妹と一緒に暮らせていて、とても幸せです。けれど私はこの男の子のような辛い経験についても伝える義務があります。この女性の質問がなければこのようなことを考えなかったし、男の子のことも思い出す事はなかったでしょう。だから私はこの女性がその質問してくれて嬉しかったし感謝しています。震災の記憶を風化させないようにしっかり伝えたいと思います。




尚志高等学校1年 八木沢美咲 訪問先:環境局、在デュッセルドルフの人々へのスピーチ
今日はまず環境局へ行きました。まずCO2を減らすためには町で太陽エネルギーを大事に使うことだそうです。新たな発電所としてneues GUDという発電所が2016年にaltという昔の発電所が作り直されてできたそうです。発電力が600MWで85%が熱の効率だそうです。また町が密集しているため風力発電を作ることは不可能に近いが太陽光はたくさんできるので、町には太陽エネルギーが適している場所が多いです。言い方を変えるとソーラーパネルを乗せるのに適している場所が多いようです。在デュッセルドルフの日本人の方々へのスピーチでは人が多く緊張した空間だったので単語ごとに発音の仕方を間違えてしまいました。最後は夜食を、食べながらお話をしました。今日話したことによりあの時の地震や津波のことなどを思い出しもう一度この東日本大震災について深く考え直したり、自分の思うことなどをかたっぱなしから考えていけたらいいなと思い出します。明日は式典があるので平和にいつてきちんと考えられたらいいなと思います。





緑川果琳 8月4日 環境局
今日はデュッセルドルフの環境局に行きました。
環境局では様々な取り組みをしているということが分かりました。
例えば、再生可能エネルギーを増加させ、エネルギー節約を進めていく方針があったり、温水で暖房をするという取り組みがあったりなど様々でした。環境局の方は根本的になぜ、再エネを進めていくのかという話も丁寧にして下さり、平均気温が上がってしまうことや、北ドイツがなくなってしまうことを説明して下さりました。
また、世界で1番効率が良い発電所のことを質問すると丁寧に説明して下さって本当に嬉しかったです。
在日本人の方へ向けたスピーチは初めてだったので、緊張し、うまく伝わらなかった部分もあったのではないか?と思いましたが、試行錯誤しながらすることができました。スピーチが終わった後の交流ではたくさんの方々と話をすることができ、1番最初に話かけて下さった人は、あなたのスピーチはとても良かったとほめて下さってとても嬉しかったです。私のとなりにずっといた、日本語とドイツ語を話せる方と、福島に行ったことがあると言っていた方は、私の話を真剣に聞いて下さったし、すごく印象深かったです。
帰り際、車に乗せて下さった方は、まるで私達が自分の子どもであるかのように話をして下さったし、市内の名所などを名前・どんな所かというのを1つ1つ丁寧に説明して下さいました。
今日1日で会った人は全員が、すごく優しく親切な人だと感じました。とても良い1日を過ごすことができたと思います。




福島県立あさか開成高校 2年 鈴木ひなた 5日目:デュッセルドルフ市環境局訪問、講話、スピーチ
今日は、午前中にデュッセルドルフに行き、宿泊先にチェックインしました。午後からデュッセルドルフ市環境局訪問をしました。このままだと石油で暖房している国が多いので北極がなくなってしまうことで予測でグリーンランドだと今のプラス7メートル、北極プラス5メートル、南極だと50メートルと気温が1度上昇すると水位が1~10メートルあがってしまうことが分かりました。実際、ドイツでは25度以上だったのが30度以上とに上がっていたり、急に豪雨になってしまったりするなど地球温暖化が進んでいることが改めて知ることができました。また、ドイツでは3つのEを目標に掲げており1つのEは、効率よく2つ目は今あるエネルギーを節約する3つ目は再生可能エネルギーを使うという目標が印象的でした。また、世界で一番効率の良い発電所の仕組みがタービンを回す、ガスを燃やす、発電機で発電するその過程の中でお湯の熱を使ってダブル発電ガスのの発電で3回利用することや発電所の隣にタンクがありそこに貯めておくなどエネルギーを無駄なにしないように工夫していることがすごいなと思いました。すごく効率が良い発電方法だなと思いました。最後に、在デュッセルドルフ日本人の方々にスピーチをしました。とても緊張したが練習したときよりも良かったと思います。もっとたくさん練習します。



桜の聖母学院高等学校 一年 伊藤光雪 5日目:ドュッセルブルグ
5日目の今日はまず、環境局に行きました。環境局では具体的にドゥッセルドルフではどのような取り組みが行われているのか学びました。都市では風力発電のようなどといった大きな面積の必要な発電ができず、郊外で発電するとエネルギーを都市まで運ぶのにエネルギーが減ってしまうことがあります。そこで環境局は各家庭で発電することを提案しました。それはもっと効率が良く、無駄のないものでした。
 では、初めてみんなのスピーチを見ました。皆しっかりと意見を持っていて、感心しました。いざ私がスピーチをするときにはとても緊張しました。間違ってしまったこともありましたが、堂々とすることができました。また、その後の質問タイムでは、ドイツ人の方々が自分の意見をしっかり持っていて、それを伝えていたことに驚きました。自分の考えていることを抽象的ではなく具体的に考えられるようになりたいです。また 日本人の若者がいかに、知ることについて疎いのか知ることができました。まだまだ震災について知らないことが多くありました。なので、自分からフットワークを広げて、学ぶ姿勢を変えて行きたいです。また、自分のスピーチにも、ジェスチャーをつける、暗記をするなどたくさんの改善点があったので、これからよくなるように練習して行きたいと思います。
 5日目を終えて、自分の中で少しずつ何かが変わった気がします。自分の意見と相手の意見を取り入れて、自分の意識を変えられるのは素晴らしいことだなと思いました。また、多くの人が若い私たちの世代に期待していることも知りました。なので、自分の将来ら夢についてこれからしっかりと考えて行きたいです。





長島美侑:福島高校:デュッセルドルフ環境局&初スピーチ
デュッセルドルフの環境局を訪問しました。お話を聞いてよくわかったことは過去と現在の地球環境の変化です。デュッセルドルフの気温が1970年から確実に1度上昇したこと、1人あたり7.7tの二酸化炭素を排出することで北極の氷が溶けてしまったことなどです。デュッセルドルフでは効率•節約•再エネ使用を三つの題としているのが地味であると貶していましたが、これは最も完結且つ大切なポイントだと思います。また、neues Geoの話を聞く事が出来ました。とても貴重だったと思います。また、solarkatasterでソーラーパネル設置に適している場所を段階別に色分けすることでどのくらいの可能性を秘めているのか一目瞭然で良い発想だと思いました。同様に地熱発電に適している場所をサーモグラフィー装置の様に色分けすれば、どこで発電すれば良いのかわかって、実際に612箇所につくられた発電所で13.2MWを生み出せているのが結果にコミットしていて口だけではないなと思いました。排水、家の壁、地下鉄からのエネルギーを有効活用しようというのは難しいけれど考え進めたいです。自分がした質問になりますが、パーク・アンド・ライド制に場所が足りないという課題が出てくるほど発展していることを知らなかったです。在デュッセルドルフ日本人の方々と会ってたくさん話しました。原発について自分の意見をぶつけられたのがよかったです。また、本当に多様な生き方があるなと思いました。