2019年8月8日木曜日

福島を伝え再生可能エネルギーを学ぶ 福島・ドイツ高校生交流プロジェクト6日目(8月8日)

6日目はホストファミリー宅から訪問し、学校での授業体験でした。
さて、ドイツの高校での授業体験は、ドイツ語で数学や科学や社会やスペイン語の授業が行われ、理解するのが難しかったです。
ホストシスター・ブラザーが教えてくれるケースもあるが、授業が進む中、見ているだけの授業もありました。多くの高校生たちが手を挙げ発表する雰囲気を味わえただけでも、大きな成果でした。


ランチを挟んで福島の高校生のスピーチをしました。
最初に絆ベルリンの岩手での支援活動の紹介が60分。ふくもとさんの福島の原発事故の報告が60分。
そして、アースウォーカーズの報告の時間になりました。
時間が押しているから小玉さんの報告はカットしていいですか?と提案されたが、それはなしです。少しでも時間をくださいと言いました。
駆け足で5分間の報告をした後、高校生たちのスピーチをしました。


発音はまだまだですが、それぞれが成長を感じられました。
特に崚真さんは、デュッセルドルフでの報告に原稿を忘れ、小玉代表のパソコンで見る事は出来たのに、原稿なしで挑戦したいと言いました。その思いから、今回は、原稿を見ずにスピーチしたいと言っていました。感情もこもり、迫真のスピーチでした。
よくぞデュッセルドルフで原稿を忘れたね!失敗は成功の元とはよく言ったものです。


他のみんなのスピーチもそれぞれ良かったので評価したいところですが、長文になりすぎるので、割愛します。
あと、この日は美悠さんが原稿を忘れました。次回は暗記できるかな?
この日のスピーチを時事通信が取材に来ていただき、配信されました。
そして、学校を後にし、世界遺産のベルリンの壁へ行きました。
この日は宮崎でこども園の園長をしているサシャクリンガーさんが、ドイツの実家に帰っており、急きょ合流しました。


サシャさんは2011年一緒に石巻の支援に行ってからの友人です。
アースウォーカーズの理事も担ってもらい、活動を支えてくれています。
そして、彼は東ドイツで生まれ育ち、当時西側ではお菓子がカラフルだったのに、東側は白黒のお菓子しかなかった事。
物が少なく、バナナを食べれるのは貴重な日だった事。西側に行けなかった日々、そして西側に行こうとして東側に射殺された人たちがいた歴史。
淡々と語る、彼の言葉の力の重みを感じた1日でした。


この日は、第1回の同プロジェクトでホストファミリーをしてくれたトニー(ベルリン自由大学学生)さんも駆けつけて、高校生たちと交流しました。
良いひと時となりました。
さて、学校に戻り、高校生はホストファミリーの家に帰宅しました。
小玉代表はデニツさん、サシャさん、トニーさんと夕食交流となりました!
この日時事通信社から配信されたニュースです。
https://www.jiji.com/jc/article?k=2019080900196&g=int

以下、高校生の感想です。





6日目 吉田崚真 主な訪問先 ベルリン(高校・ベルリンの壁)
今日は朝から学校へ行き、授業を受けた。スペン語の授業をドイツ語で受けたので、めっちゃ眠かった。午後からは交流会に参加し、スピーチをやった。原稿を持たずに前に出るのはさすがにマズいので、一応手に持って話した。1回しか原稿を見ずに、感情をこめて話せたので、とても気持ちが良かった。スピーチをしている時間がどんな時間かは人によって違うと思う。緊張する時間な人もいれば、当時のことを思い出し、悲しい時間になる人もいる。でも、僕にとってスピーチの時間は楽しい時間でしかない。ステージに一人で立ち、皆の視線が自分に集まる。少しの緊張感はあるけれど、それも含めて楽しんでいる。


そして、大きな声で自分の体験や意見を主張する。これほど気持ちの良いものはない。すピーチをやっている時間は、自分が唯一、まともな人間になれる時間であり、輝ける時間だと思う。可能性は低いが、もし明日Fridays for futureの集会で話せることになったら、僕は全身全霊をかけて臨もうと思う。明日5000人の前で話せるかどうかは、僕たちの運と、小玉さんの手腕にかかっていると思う。(後者はジョークだ。)幸運を祈ろう。
交流会が終わってからはベルリンの壁を見に行った。書くスペースがないのですべてを伝えることはできないが、一つだけ印象深かったことがある。ベルリンの壁のコンクリは、超丈夫だ。破片を持って帰りたくて、落ちてないか探したり、軽くたたいたりしたが、無駄だった。結局、土産屋で売ってた本物かも分からない破片を、小玉さんの「本物と思えば本物や」というどっかの怪しい宗教のような口車に乗せられて買ってしまった(笑)
明日はFridays for futureの約5000人が集まる集会に行く。たぶんスピーチは難しいだろうけど、ドイツの高校生の政治に対する姿勢をしっかり学びたい





松本愛由
6日目 ベルリンの壁跡見学
今日の朝ご飯は、コーンフレークに牛乳をかけて食べました。家を出る時間が9時50分だったので、ゆっくり準備することが出来ました。でも日本では、いつも7時に家を出発しているので、こんなに遅く家を出発して大丈夫なのかなと不安になりました。学校では、1時間目に、ドイツ語をやりました。先生が問いかけると、ほとんどの生徒が手をあげて自分の意見を発表していて日本とは違うなと思いました。でもこのような授業の仕方は、とても大切なことだと思いました。ホストファミリーのマラの友達に「Hello」や「Bye」と声をかけてくれたので、とても嬉しかったです。生徒はみんな私服でアクセサリーをつけていたり、マニキュアをしていました。私が通っている学校とは全然違うなと思いました。場所を変え、みんなの前でスピーチをしました。とても緊張しました。聞いている人の中で涙を流している人がいて伝わっていると感じとても嬉しかったです。


スピーチの後、ベルリンの壁跡見学に行きました。ベルリンの壁は、突然でき、仕事に戻れなかったり、家族と会えなくなってしまったりしたと聞き、とても悲しくなりました。もし、突然家族と会えなくなってしまったら、悲しくて耐えきれないと思います。壁を乗りこえて逃げようとした人や政府に対しなにか発言した人などが殺されたと聞きました。また、逃げる策を考えるために川の近くでうろうろしていた人も殺されたと聞きました。その人は、服屋を経営しようと考えていた人だそうです。これから自分がやりたいことがあるのに、それを突然制御されたり、できなくなるのはとても苦しいことだと思いました。今は、自由に発言できたり、自由に行動できたりできるので良かったです。また、このように変化してとてもよかったと思いました





遠藤颯人 6日目
今日は朝食を食べてから電車に乗って学校へ行きました。普通は徒歩で通学するので新鮮でした。
学校ではまずフランス語の授業を受けました。一番前の席で授業を受けましたが、先生が言っていることがドイツ語なのかフランス語なのかすらわかりませんでした。モルテンも精一杯解説しようとしてくれましたが、僕自身もフランス語はあまり得意ではないようです。
その後、高校生との交流会に参加しました。スピーチでは、直前まであまり緊張していなかったものの、皆の前に立つととても緊張してしまいました。話しながら手や足が震えてしまいました。他のメンバーにはあまり緊張しているように見えなかったと言われたので、緊張を隠すことはできたと思います。


交流会の後はベルリンの壁を見に行きました。当時、壁が作られた時の工夫や西東ドイツの人たちの思いや行動なども知ることができました。壁に近づくと落書きや削った跡も見ることができました。ベルリンの壁によって当時、どれくらいの人が苦しんだのかということも知ることができました。
ベルリンの壁見学後、皆と途中で分かれて家に帰りました。家に着いてから少し休んで、夕食を食べました。今日はピザを食べました。とても大きく、切れていなかったので食べるのに時間がかかりました。
夕食後は、モルテンと一緒にオセロをやりました。ドイツ語では「オテロ」と発音するようです。
ホストファミリーとの生活も終わりに近づいていっているので、少しの時間でも大切に生活したいと思います。





6日目 菅野真帆 主な訪問先 高校、ベルリンの壁
今日は、初めて高校で授業を受けました。私は、音楽の授業を受けました。驚いたのは、生徒がものすごく手を挙げることです。自分から手を挙げて、前でピアノを弾いたり、先生が話している時も、指されるまでずっと手を挙げていたり、さすがドイツだと思いました。しかも、取り上げられていた内容がゲームのテーマソングで、日本ではなかなかないのでびっくりしました。同じクラスの人も、仲良く接してくれてうれしかったです。
 そして、お昼から交流会がありました。1人1人スピーチしたのですが、急に緊張して、頭が真っ白になってしまいました。でも、しっかり最後までスピーチできたので良かったです。


その後、ベルリンの壁に行きました。想像を超えるほどの歴史の深さに驚きました。壁を越えようとして、何人もの人が射殺され、逮捕されたといいうのは本当に悲しいことだと思います。もし自分だったらどうするか、と聞かれた時にすぐには答えられませんでした。その当時の人々は、つらい思いをして、生活していたのだと思いました。これは、二度とあってはならないと思います。
そして、ホームステイ先に帰りました。昨日いなかった妹のカーラちゃんがいました。お土産の扇子を喜んでくれて、ヘレナは家でずっと使ってくれて、本当に嬉しかったです。一緒にジェンガをしたり、おり紙をしたり、クワークルをしたりしました。折り紙は、私が知らない折り方をたくさん知っていて、逆に教えてもらっちゃいました。日本の文化が浸透していると知って嬉しかったです。今日は昨日よりも緊張がとけて、たくさん話をすることができました。明日は自分から話題をふったりできるようにしたいです。学校では、ホストファミリーの子だけではなく、他の子ともたくさん話したいです。





戸田美悠 6日目
今日は、朝から学校に行きました。そして、ドイツ語の授業を受けました。ドイツ語なので、全然分からなそうだなと思って受けたら、思った通り全然分かりませんでした。でも、ドイツの学校の雰囲気を感じることができました。誰か1人が発表しているときでも、多くの生徒が手をあげているのが日本の学校の授業とは全く違っていると思いました。黒板がとても小さく、先生も全然黒板に文字を書くことなく授業が進み、日本より騒がしい授業だと思いました。
そして、学校の後はベルリンの壁を見に行きました。ベルリンの壁にまつわるたくさんの話を聞いて、学校で習った時よりも当時のことを考えることができました。学校で習っただけで、写真でしか見たことがなかったので、実際に大きなベルリンの壁を見ることができて良かったです。ベルリンの壁を乗りこえようとした人たちの話もとても興味深かったです。


ホストファミリーと合流した後、テレビタワーに行きました。すみれちゃん、あゆちゃんたちとホストファミリーのふもとのお店を見てまわった後、2人達とは別れてホストファミリーとテレビタワーの中にある高級そうなレストランに行って夕食を食べました。綺麗な景色を眺めながらの夕食は、とても楽しかったです。昨日よりもホストファミリーと仲良くなれたと思います。英語でたくさん話せるようになってきて、色んな話もすることができました。ホストファミリーの家にいる2匹の猫も、私を嫌うことなく仲良く(?)してくれているので、ホームステイをもっと楽しみたいです。
学校の授業も明日は美術と化学らしいのでがんばりたいと思います。そして、スリにあわないように気を付けて行動することを心がけるようにしたいと思います。





 戸川華恵 6日目 高校
朝起きてからオリンダとオリンダのお母さんと朝食をとった。自分がしたいことをうまく伝えることができて良かったと思う。でも、迷惑になるのではないかと不安になることよ沢山あった。それでもなんとか準備を終わらせた。昨日はオリンダと2時間程話し、自分の意見を伝えやすくなっていったと思う。おリンダの家から学校はとても近いから歩いて5分ぐらいで学校に着く。生徒の数も多くなっていって、学校に入ると美術の授業が始まった。聞いていたとおり、一斉に手を挙げていた。積極的に全員が事業に参加していて、日本ではあまり見られない光景だったと思う。同じ人でも何度も発言していたり、ずっと手を挙げていたりした。日本とは違って、少し自由な所もある。でもその分、全員が授業に参加していた。りお、すみれ、戸田と一緒だったから少し安心した。


授業が終わり、スピーチをすることになった。あまり緊張はしなかったけど、感極まってしまった。みんなのスピーチをゆっくり聞くのは初めてで、スピーチの意味を理解できたから良かったと思う。スピーチが終わって、ベルリンの壁に向かった。ベルリンの壁については知っていたが、どのような政治や経済が行われていたかは知らなかったから知れてよかった。思っていた以上に残酷で悲しくなってしまった。今の北朝鮮のような東ドイツは、今は西ドイツとも1つになり、当時のように厳しい状況から抜けだすには、とても大変だったと思う。夕方からは、りお、聖真のホストファミリーと私たちで、少し治安が悪い街に移動し、ご飯を食べた。怖い人がたくさんいたが、ホストファミリーとたくさん話せて良かった。





6日目 石井聖真 主な訪問先 ベルリン
8月8日。今日はホストファミリー小子と共にベルリンにある学校に行った。昨日の話では一校時目からあったらしいが、それがなくなり、朝の9時30分に家を出ても授業に間に合う日程であった。学校でのことは初めてのことや驚くことしかない。授業が始まる1分前に学校に着くこと。先生が話し始めて1分も経たないうちにクラスの数人が手を上げること。クラス全員が静かに先生の話を聞く、ということがない。ドイツ語はよく分からないが、こんな雰囲気で授業するのは楽しいと思った。日本では制服はあるし、授業開始の10分前には学校にいないといけないし、こんなにリラックスして授業は受けられない。学校にしばられている感覚さえ覚える。しかし、この体系は本当に生徒の学力を向上させるかは疑問である。おそらくこの授業は暗記するのはできない。先生や友達と話すことで理解は深まるが、覚えるために静かに集中する時間があるのは日本教育の方が良いと思う。


午後はベルリンの壁を見に行った。高い建物から壁を見て説明を聞いた。そこでは壁を越えようとした人のうち100人くらいが殺された。その中には赤ちゃんがいて、とても衝撃的であった。東西を分ける2つの壁には登れないように上の部分が円くなっていたり、当時使っていた照明もあってとても貴重な体験だった。ベルリンの壁の周辺で休憩している間にドイツの大学へ進学した、福島出身の方とお話しできる機会があり、とても面白く、興味をそそる話をしてもらった。ドイツの大学に行くのも良いのかなと思った。





6日目 久下 薫 主な訪問先 学校
今日はホストスチューデントのフリダと一緒に、学校へ行きました。歩いて電車のところまで行って、そこからまた歩いて学校へ行きました。最初の授業はよくわからなくて、昨日聞いたら「Art」と言われたので芸術の美術の授業なんだろうなーと思っていたら、確かに教室は美術室っぽいのに、もう一度きいてみたら「German」と言われるし教科書を開いて何かを読んでいるので、たぶんドイツ語の授業だったんだろうなと思います。授業の様子は、先生が何かを聞いたら生徒が手を挙げて答えるというかんじでした。授業中にみゆうのパートナーの子とみんなで紙に質問を書いて渡したりして割と楽しかったです。その後はスーパーマーケットに行ってお昼を買って、ホールみたいな所で食べました。


そのあとは、1人ずつスピーチをしました。今までで1番人数が多く、すごく緊張しましたが、何とか最後までやり切ることができました。次はもう少し落ち着いて、練習した部分が出せるといいです。そして今日も、りおとかえのサポート役もつとめました。2人ともすごくいい内容で、思いがすごく伝わってくるので、こっちまで泣きそうになりました。言葉足らずな部分はあったかも知れないけど、みんな一生懸命に聞いてくれてとても嬉しかったです。それが終わったあとは今度、ベルリンの壁跡を見に行きました。実際に壁と壁の間に入ってみて、この場所を当時の人たちは命がけで越えようとしていたのを考え、何ともいえない不思議な感情になりました。実際に殺されてしまった人たちの写真もあって、その中には小さな子どもや若い人たちがたくさんいて、子どもなどは、川にまちがって落ちてしまっても、親は助けにいけなかったというのを聞き、すごく悲しくなりました。名前を聞いたことがあったけど、何も知らなかったので、とてもいい勉強になりました。





蛭田里桜 6日目 学校
6日目はいよいよホームステイ先のこの学校に行きドイツ学生の生活を体験しました。授業の雰囲気はドイツ語で何を言っているか全然わからなかったけどみんなが積極的に手を挙げていて日本とはまったく違うなと思った。しかも日本はただ黒板に書いてある字をうつすだけだけどドイツは先生と生徒の話し合いのような感じだった。また授業中の風景は日本と全く違ってご飯を食べている人もいればスマホをいじっている人もいてすごく自由だなと思った。
次にスピーチを9人全員がした。泣かないと決めていたけどやっぱり思いがこみ上げてきて泣いてしまった。また終わったあとバディのNolaが抱きしめてくれて嬉しかった。しかもかえのバディも一緒に泣いてくれて伝わったんだと思って頑張ったかいがあったなと思った。



次にベルリンの壁を見た。思った以上に壮絶で1歳くらいの子も亡くなっていて西ドイツと東ドイツでも厳しさが全然違くてびっくりした。
夜ご飯はNolaとオリンダとそうたとかえとせいまとりおで日本で言うフードコートみたいな所で食べた。行く途中薬を売る人がいるから話しかけられても無視してと言われすごく怖かったけどそうたがついていてくれたから安心できた。やっぱりドイツ人はジェントルマンだと思った!

2019年8月7日水曜日

福島を伝え再生可能エネルギーを学ぶ 福島・ドイツ高校生交流プロジェクト5日目(8月7日)


この日は現地の学校訪問でした。
この日は午前中の予定が無くなったので、8:30出発予定が10:00になりましたが、皆疲れており10:30に遅らせてもらいました。それでもギリギリまで寝てるメンバーもいて、出発は11:00となり、初日から学校に遅刻しました。
この日から訪問する高校の生徒の家にホームステイするので、スーツケースを持って学校へ行きました。
ホストファミリーとの顔合わせと自己紹介も終え、そこからフィールドワークをしました。


まずは、ベルリン中央駅へ。
駅の天井がガラス張りになっていて、太陽光パネルも設置されていました。そしてそのガラス張りの天井からの光が3階のホーム、クロスしている2階のホーム、1階、そして地下一階まで太陽の光が届くようになっていました。
日本では地下1階、そして1階と2階、3階の間に壁があり、上の太陽光の光が下まで入って来るように設計された施設は見たことがないです。
ベルリン中央駅では地下の照明もごくわずかで、太陽の光が届いているのが実感できました。
そこからふくもとさんより、エネルギーについて報告いただきました。位置エネルギーを電力に変えたり、光エネルギーを電力に変える。そんな話をしながら歩いて移動しました。


約5分ほどで連邦議会議事堂へ着きました。
事前の予約が必要で、ふくもとさんが30日前に手配して下さいました。
屋上に上がると、色んなことを考える時間となりました。
屋上から中庭を見下ろすと、いろんな緑が生えていました。ここでは自分たちの選出された地元の花や緑の種を持ち寄り、ここに植えるそうです。
そして、自分たちの街とは違う花や木を見ながら、自分たちと違う考えの相手のことを尊重する多様性について考えるそうです。


屋上から街を見下ろすと、とても緑が生い茂っていました。
まさに森の中に首都ベルリンがあるかのごとく。
街づくりをする際にビルを建てるには、何本木を植えなければならない。とか、木を切ったり森を切ったりすることが環境破壊になるため禁じられているそうです。
そんな一つ一つの街づくりや都市計画に驚きました。
そして東側は、ベルリンの壁が崩壊して30年経つが華やかなビルなどが少なく、東と西の経済格差がここでも見れました。


再生可能エネルギーを最大限活用した議事堂の作りの素晴らしさを学び、1階の正面玄関へ行きました。
するとそこに無数の石碑がありました。
この石碑は当時ナチスや戦争に反対したことにより、死刑にされた国会議員たちだそうです。共産党や社民党、キリスト教民主同盟など多くの良心的な方が命を奪われたそうです。
その歴史を繰り返さないと、議事堂の正面入り口に置かれているそうです。


また、この後、少数民族の殺された慰霊碑、ユダヤ人の慰霊碑、性的マイノリティーの慰霊碑を見て、第2次大戦当時に自国の選んだ国会議員が主導して、差別や偏見そして死刑に追いやった歴史を、これでもかというくらい胸に刻みました。
一緒に同行したドイツ人高校生が言いました。
日本には戦争に加担した人たちは神社に祀られているが、戦争に反対した人、侵略によって奪った近隣諸国の国々の人たちの慰霊は無いと聞いた事があるが、本当ですか?と。
名古屋での従軍慰安婦のレプリカが撤去された件も含めて、自分たちがしっかり反省しないと、痛感する時となりました。


先日、オーストラリアを訪問した際、日本がオーストラリアを攻め空爆を97回も続け、市民や女性や子どもたちまで命が奪われた歴史を知りました。これを知らない日本の子どもたちもいます。ましてや、フィリピンやタイ、インドネシア、中国、韓国、北朝鮮で行なった、本当にひどい虐殺を知らないまま大人になるのは、本当に残念です。
しっかり教育機関で過去の失敗や歴史を繰り返さないよう、ドイツを見習うところはいっぱいありそうです。
学校に戻り、スーツケースをピックアップして、ドイツの高校生たちの家にホームステイで滞在へと移動していきました。


高校生たちの帰国報告会のお知らせです。
8月18日に東京と福島で帰国報告会を開催します。
ぜひ、ご参加を呼びかけて欲しいです。

東京会場
8月18日10:00〜東京ボランティアセンター(飯田橋駅徒歩2分)
福島会場
8月18日18:00〜ダイユーエイトMAX4階アオウゼ研修室(福島駅徒歩7分)
ぜひ、会場でお会いしましょう。

以下、参加している高校生の感想です。





石井聖真 5日目 主な訪問先:ベルリン
8月7日。今日は初めてのドイツの授業を体験した。初めてのドイツの授業はなんと古典であった。現代のドイツ語もまともに分からないのに古典など分かるはずもない。しかし、ホストファミリーの、日本とドイツのクウォーターである創太が少し翻訳してくれてだいたいの内容がわかった。創太は本当に日本語が上手で、とても優しい。しかもイケメン。しかも女子と仲が良い。(おそらく文化の違いだと思うが。)完全に自分は負けている。だから少しでもGentlemanになろうと決意した。冗談はさておき、彼のおかげでどれだけ助かったか分からない。なんの不自由もなく、感謝しかない。


午後は連邦議会議事堂に行った。手荷物検査をした後、すぐに入ることができた。そこでは、議会の透明さを表現するために議会する部屋の天井がガラス張りで、上から議会の様を見れるようになっている。こんなことは日本ではないと思う。国会議事堂に入ったのは中学3年生の修学旅行のときだけである。そして屋上からはベルリンの街を見渡すことができたり、目の前に広がる公園がとても美しかった。
その後、ホロコースト記念碑を見に行った。ユダヤ人大量虐殺を忘れず追悼するために作られた。そこは長方体の石がたくさんあり、中央に行くと高くなっている。これは迫害を受けたユダヤ人がどんな感情で強制収容所にいたのか、どれだけ窮屈な思いをしたのかを現在の我々に感じさせるために作られてもいる。再エネだけではなく、悲しい歴史も学ぶことができた。





蛭田里桜 5日目 主な訪問先:国会議事堂
いよいよ今日からホームステイ。学校について最初の印象やっぱりイケメン、美人、足長っ!スタイル良い!自分は…。しかも、自分よりも年下なのに年上に見えるし、しっかりしている。これがドイツと日本の違いかと思わされた。
次に国会議事堂に行った。日本とは外見から全然違くて日本は警備がすごく厳しいけどドイツはあまり厳しくなくて気軽に行けるところが良いと思った。また、国会議事堂の頂上に行くとEUの国旗が見渡せて(努に?)意識しているのかなと思った。


そのあとはナチスによって収容されて殺された人のいれいひや高さや道がバラバラになっている石を見に行った。ドイツは自分たちがしたことをきちんと反省し二度とひどいことをしないようにと言う意味を込めて建てているんだなと思った。
夜ご飯は、Nolaのお父さんが作ってくれrた。私がリクエストしたテリヤキチキンでスパイスがきいていてとてもおいしかった。また、Nolaの家族はマジシャン一家でやはり家の作りなどもすごく工夫されていておもしろいなと思った。ベルリンは芸術家の家族などがけっこう住んでいるらしい。良い4日間にしたい。





松本愛由 5日目 主な訪問先:連邦議会議事堂
今日は、ホストファミリーに会いました。これからどんな生活がまっているのかわくわくしました。連邦議会議事堂まで行くとき、ホストファミリーのマラが色々話してくれました。嬉しかったです。また、福本さんにドイツの建物の造りの工夫について教えてもらいました。駅では、地下を利用して涼しくしていると知りました。橋では、川の幅を広くし、船が通ることによって涼しくしていると知りました。確かに、船が通るたびに冷たい風を感じとても涼しいなと思いました。地面には所々コンクリートとコンクリートとの間にすきまがありました。それは、雨が降ったときに、そのすきまを通ることによって地下に水を流さずにマンホールからの水の流出を防いでいると知りました。


連邦議会議事堂では、国民と市民の違いについて知りました。国民はその国の国家を構成する人々のことで、市民とは、その国の人にかかわらず世界の人々を指すことと知りました。ドイツの憲法には、人とかかれていて、ドイツの人だけでなくドイツ以外のすべての国を指していました。それに対して、日本の憲法は、日本国民とかかれていました。この話をきいて、日本もドイツのように日本国民ではなく、「人」とかくべきだと思いました。ドイツの連邦議事会は誰でも登録していれば入ることができ、日本とは全然違いました。その後、ユダヤ人などの殺された人々のお墓に行きました。お墓の形は上下で異なっていて、地面がなみなみになっていました。その形は、その当時のことを感じさせるためになっています。そこを通った時、暗く感じたり、せまいなと感じました。






戸田美悠 5日目 主な訪問先:連邦会議事堂、ホロコースト記念館、ホストファミリーの家
今日は、連邦会議事堂、ホロコースト記念館、ホストファミリーの家に行きました。
連邦会議事堂では、大きな議事堂を見てきました。前に写真で見たことはあるけれど、実際に見たらとても大きくて、驚きました。日本の国会議事堂とは違って、色々な国の人がたくさん来ていたことも驚きました。日本もそのようにしたらもっと変わると思います。そして、連邦会議事堂の上がとてもきれいでした。
ホロコースト記念館では、どうしてこのような形状になったのかなど、多くのことを学びました。
また、今日はいよいよ、ホストファミリーと対面しました。
お家もきれいで、家族みんな優しくて安心しました。私の下手な英語をがんばって聞いてくれて理解しようとしてくれて、嬉しかったです。


ホストファミリーの家に帰る途中、すみれちゃん組に会って、一緒にアイスクリームを食べに行きました。すみれちゃんのホストファーザーがアイスをおごってくれて、嬉しかったです。アイスを食べ終わった時、すみれちゃんが、車の下を指さして、「あそこにいるの、モモンガじゃない?!」と言っていて、え!モモンガ!?と思って写真を撮ろうと思ってカメラを向けてズームしたらただの茶色の小鳥だったのが面白かったです。モモンガだったら良かったです。
ホストファミリーの家には猫が2匹いるのですが、2匹とも私のことを拒絶することなく足にすりすりしてきてくれて、かわいかったです。大きな水そうもあって、すごかったです。
明日から学校なので、スピーチも授業もがんばりたいです。
ホストファミリーとも仲良くなりたいです。
ホストファミリーへのお土産の1つに買ったクレラップを、ピアノの上に飾ってくれたのが嬉しいです。





吉田峻真 5日目 主な訪問先:ベルリン(高校、ステイ先)
今日は午後からの行動がメインで、書くことが少ないため、最初は余談を書く。
ドイツで撮った写真を見ていると、自分の実顔が日本で撮った写真よりも明るくなっていることに気づいた。僕はドイツと相性がいいようだ。乾燥しているし、何事もはっきりしているし、日没は1:00だし。特に一番最後のはデカい。僕はいつも20:00から勉強を始めるのだが、日本では暗くなっているので23:00ごろまでやって寝てしまう。でも、ドイツは明るい時間が長いので24:00までやっていても苦にならない。できることならドイツに1年ぐらい住んでみたいとも思ったが、それはまた後にしよう。
では、本題に入る。午後からはベルリンの高校に行き、その足で連邦議会やホロコーストを見学した。福本さんのナチスの迫害や旧日本軍の慰安婦についての話をきいた。後者は特に重要な問題だ。僕たちは日本にいるから、日本に有利な部分だけをメディアが勝手に「切り取った」情報だけでこの問題を考え、結局日本は悪くないと結論づけている。


でも原点に戻って考えてみてほしい。本当に悪いのは日本か韓国か。約70年前悪いことをしたのは日本の方だ。現代の人にその責任はないかもしれないけど、それを再発させない責任は自分たちにあると思う。でもその責任を負うための知識が僕たちには足りていない。ちょっと立ち止まって考えればどちらが悪いかなんて子供でも分かるのに、それをせず、ただメディアの、政府の言うことをうのみにしてしまっている。世論がそうだから、日本政府の韓国への対応も悪くなる。本来なら謝罪し、もっと真摯に対応するべきなのに。今までそのようなことに無関心で、政府がらみのメディアにだまされていた自分が悲しくなった。
そして、ホームステイはというと、とても充実している。ステイブラザーのオーティスはとても親切だし、家は古いけどとてもきれいだ。家族関係が複雑で、ホストマザーがクラブのママで毎日深夜に帰ってくるそう。また、オーティスには本物のお父さんと2人目の父がいる、という感じだが、それも含めて楽しもう!





戸川華恵 5日目 主な訪問先:ベルリンの高校、議会議事堂、ホロコースト、ホストファミリー
5日目は朝ごはんを買いにスーパーに行ったが、時間におわれドタバタした。ホテルのチェックアウトを終え、ベルリンの高校に向かった。道を間違えたりと、いろいろ大変だったが、なんとか高校に着いた。ホストファミリーと顔合わせをし、オリンダと朝食をとった。英語が聞きとれず、あまり話せなかったのが残念だ。
次に国会議事堂に行った。日本とは違い、誰でも審査をすれば入ることができる。出入り口のような所には「国民のために」と書かれているのに対し、中庭のような所には「市民のために」と書かれていた。ドイツ憲法は「人の…」と書かれているが、日本国憲法は「日本国民は…」と書かれている。市民は、国籍を持っていなくてもなれる(=人)、国民は、パスポート(国籍)などを持っていなければならない。言葉で説明するのは難しいが、大きな違いなのである。


次にホロコースト記念館を見学した。ユダヤ人の慰霊碑は暗かったり、壁が高く、おおいかぶされているような感覚がした。これからまた、このようが起こらないように、自分たちでできることを考えていきたいと思う。
いよいよホストファミリーと過ごすことになった。アイスを食べながら、公園で少し話した後、家に帰った。ペアのお母さんは日本留学を経験し、日本語が話せるので助かった。外で夕食を食べたり、2人でたくさん話をしたりして、オリンダとも仲良くなれた。オリンダの弟はとてもやんちゃでかわいい。
明日の高校の授業やスピーチ、緊張せずに頑張りたいと思う。





久下菫 5日目 主な訪問先:学校、国会議事堂、ユダヤ人記念碑
今日はホストファミリーとの顔合わせが最初でした。私のホストスチューデントのフリダは少しおとなしめだけど、話してみると意外と趣味が合って楽しかったです。フリダは活動の途中で具合が悪くなってしまい、抜けましたが、私はその間にマラという、あゆのホストスチューデントとすごく仲良くなりました。最初にオーストラリアで初めて海外に来たときよりも、たくさん会話ができている気がして、なんかうれしかったです。それからところどころでふくもとさんが、いろんな話をきかせてくれて、とても興味が湧きました。日本は自分たちがやったことを隠そうとするけど、ドイツの人たちはそれをしっかり認めてもう二度とこんなことが起こることがないように、みんなで活動もしていてすごいなと思いました。


今日の活動が終わって、マラと別れを惜しんだあと、ホストファザーが、フリダの友達とみゆうとはやとにアイスをおごってくれました。やっぱりドイツのアイスはおいしいかったです。家に帰ってからも、お母さんはすごく優しいし、お父さんもなんかダンディーだし、お兄ちゃんはクールでした。部屋には、日本のアニメやまんがのポスターがたくさん貼ってあってその話でフリダと盛り上がったりしていました。そして今日は初めて教会の中に入りました。お祈りではなく、合唱の練習をなぜかしていました。初めてきくようなものばかりでしたが、メロディーも声もすごくきれいで感動しました。今日1日だけでも本当にたくさんのことを学べました。明日からは授業なのでがんばりたいと思います。





遠藤颯人 5日目 ベルリン高校、国会議事堂 
今日は、朝起きてから、朝食を買う時間が短く、バタバタしてしまいました。ベルリンの高校に着くまでも、スーツケースを持って歩き、それだけで疲れてしまいました。高校に着いてからも、自分のホストファミリーがなかなか来ず、少し不安もありましたが、なんとか合流することができました。でも移動中などもあまり会話が続かず、これからの5日間に不安を感じましたが、少しずつ慣れていって英語で会話ができるようにしたいです。連邦議会議事堂に着いてからは、ふくもとさんの再生可能エネルギーやエネルギーを無駄にしない街づくりなどについてお話いただきました。上まで登ると、ベルリンのきれいな景色が見えて、たくさんの写真を撮ることができました。ホロコーストでも、石の高さが違ったり、地面が波打っている理由など多くのことを学ぶことができました。


。その後、ホストファミリー宅に変えると、日本語が上手なお父さんに出会いました。でも、基本は英語なので、少しずつ手伝ってもらいながら英語で話せるようになりたいです。また、家にはビーグル犬もいたので、ふれあいながら、ドイツにおけるトレーニング方法も教えてもらいたいです。ホストファミリー宅の中ではあまり日本語が通じず、文化の違いもあり、大変な事ばかりだと思いますが、モルテンと英語、日本語を教え合いながら言葉の壁を乗り越えたいと思います。そして、チェスが上手な家族なので、教えてもらって、日本に帰ってからもできるようにしたいです。





菅野真帆 5日目 主な訪問先:ベルリンの高校、国会議事堂
今日は、いよいよ、ホストファミリーに会う日です!私は、メールに一度も返信がこなかったので、ずっと心配していて、不安でした。高校までの道のりは、石だたみ(?)でけっこうガタガタで、キャリーケースをひいて歩くのがとても大変でした。高校は、壁がレンガになっていて、とてもきれいでした。そこにいた生徒達も自分と同じ年代の子とは思えないほど大人っぽくて、美男美女ばかりでした。
ホストファミリーの子と合流し、ベルリンを散策(?)しました。駅は、電気の代わりに日光が使えるように屋根までガラス張りだったり、地下の冷たい空気が上に流れるように設計されていたりすることを知りました。また、飲みきったペットボトルは、スーパーに返すと、25セントもらえることも知りました。他にもたくさんのことを学びましたが、全て、地球温暖化防止だったり、省エネ、再エネにつながっていると感じました。


国会議事堂にも行きました。ドイツの憲法は、「人は…」と書いてあるのに、日本は、「国民」ばっかりで、これは日本の悪いところだと思いました。ドイツを見習うべきだと思います。
そして、ホストファミリーの家での生活が始まりました!とても緊張していたのですが、ヘレナも、ヘレナのお母さんもお父さんも2匹のネコも優しく接してくださり、とても安心しました。「Welcome to BERLIN MAHO!」と書かれたライトが置かれていて、とてもとても嬉しくて、感動しました。一緒に夕食を食べ、その後、ヘレナとヘレナのお母さんとゲームをしました。石を使うアフリカ発のゲームと、クワークルをしました。ヘレナが作ったクッキーも食べました。1日目なのに、たくさん話せて、とても嬉しかったです。もっと仲良くなれるように頑張りたいと思います。お土産で渡したせんすをとても気に入ってくれて、季節に合ってていいね!とさっそく使ってくれたのが嬉しかったです。デニツに言われたように、限られたホストファミリーとの時間を大切にして、楽しみたいと思います。

2019年8月6日火曜日

福島を伝え再生可能エネルギーを学ぶ 福島・ドイツ高校生交流プロジェクト4日目(8月6日)

福島の高校生ドイツプロジェクト4日目~8月6日は広島デー~

午前中、デュせルドルフ市内のJETROを訪問しました。
前日、福島県人会の昼食会をオーガナイズしていただいた、福島県庁職員からジェトロデュッセルドルフに出向されている矢舘さんに、90分ほどレクチャーしていただきました。
福島県とNRW州の経済的な関係や行政間の協力、エネルギー転換の魅力と課題、などなど多岐にわたり学ぶ内容の多い時となりました。


ホテルをチェックアウトして、お世話になった高遠菜穂子さんにお別れをして、ベルリン行きの電車に乗りました。
別れ際、高校生の成長と可能性に涙ぐむ菜穂子さんに、高校生たちも胸打たれていました。

夕方にベルリンに到着し、ホテルにチェックイン後、8月6日の広島の原爆記念日ということもあり、18:00スタートの「鐘を鳴らす会」のイベントに招待され参加しました。
一昨年ノーベル平和賞を受賞したICANからヨワナ・コリピディスさんのスピーチも感動を呼び大きな拍手に包まれ、その後にスピーチする高校生2人は緊張の面持ちでした。


最初に里桜さんがスピーチを始めると、直後から涙ぐみ言葉に詰まる。
菫さんが素早く里桜の後ろに支え、途切れ途切れながら、なんとかスピーチを乗り切りました。持ち時間1人6分をかなり超えた気がするが、多くの拍手がそれを歓迎しているようでした。

続いて聖真さん。このスピーチが、zoomを活用した練習の成果も出て、とても元気にいいスピーチでした。終わった後、めっちゃよかったで!って声かけたら、「実は緊張して膝がガクガクして立っているのがやっとでした!」って。それを感じさせない素晴らしい内容でした。


しかし、この緊張感を高校生で経験し自分の意見を伝えることができるようになると、将来必ず活きてきます。
最後に会場のみなさんと一緒にセレモニーに参加し、鐘をついて終了し、素晴らしいセレモニーでした。
残念ながら、日本の32万の高校生で、原爆を落とされた6日、9日を特別な思いで全員学校に登校し、2度と繰り返さないよう考え議論する高校生は、長崎と広島の高校生しかいないと言ってもいいくらい、過ぎていく日々です。

今回はベルリンで、とても深く核兵器や戦争を考える時となりました。
毎年、8月6日にベルリンに入れないか打診を受けていたが、今回初めて叶いました。
間に合うかどうかギリギリの移動でしたが、本当に参加してよかったです。



そんな高校生たちの帰国報告会が8月18日(日)に開催されます。
東京会場10:00〜東京ボランティアセンター(飯田橋駅徒歩2分)
福島会場18:00〜福島市アオウゼ(福島駅東口徒歩6分)
ぜひ、拡散お願いします。

以下、参加者の高校生の感想です。





遠藤颯人 4日目 主な訪問先 JETRO、平和式典
今日は、まず起きて、一番に朝食を食べました。昨日と同じようにパンがとてもおいしかったです。
その後「JETROデュッセルドルフ」を訪問し、JETROの活動や、矢舘さんの活動を知ることができました。他にもドイツの基本情報や再生可能エネルギーについても学ぶことができました。
ドイツの再生可能エネルギーについての課題は「作った電気をどう送るか」が問題になっていますが、日本ではそれ以前の問題なので、福島からもっと再生可能エネルギーを普及させていかなければならないと思います。


そして、昼食を食べました。男子3人とデニツで「デュナー」を食べました。スパイシーソースがたくさんかかっていて、とても辛かったですが、満腹になるまで食べてしまいました。
昼食の後は、高速鉄道でベルリンに向かいました。乗り降りや乗り換えの時には、荷物の積み下ろしが大変で時間ギリギリになってしまいました。


ベルリンに着いてからは、平和式典に出席しました。多くのドイツ人の方々が広島、長崎の原爆について興味を持っていることに驚きました。白いハトを飛ばす時もタイミングを間違えないようにするのに必死でした。
2人のスピーチを聞いているときも、英語が理解できていなくても、ちゃんと聞いていたり、後から声をかけてくれるなど、ドイツ人の人柄を感じることができました。
帰りの電車の中では、すみれが財布を盗まれていて、とてもショックを受けていました。でもこれは他人事ではないので、自分の貴重品も盗まれないように、注意して移動していきたいと思いました。





久下 薫 4日目 主な訪問先:JETRO 平和式典
今日は午前中にJETROの会社に行って矢舘さんにいろんな話を聞きました。私はJETROというものがあること自体知らなかったので、どの話も新鮮でした。会議の時に英語力が必要になってくることや、遠慮や忖度なしで自分の意見をしっかり言うことなど、これから日本に帰ってからも必要になってくることも話してもらって、とてもためになりました。それから福島の会社からそのように海外で活動している人がいるのを初めて知ったので、それも驚きました。


今日の午後の活動は、広島と長崎の原爆の平和式典に実際に参加させてもらいました。せいまとりおが発表の担当だったのですが、りおが感極まって泣いてしまい、私が隣でサポートしました。横に立ってスピーチを聞いていましたが、涙をこらえるのに必死でした。スピーチが終わってから、内容がほとんど分からなくてもたくさんの拍手を送ってくれている人たちを見て、すごく胸が熱くなりました。そして、私は日本人で日本に住んでいるのにこのような式典に参加したことがなく、自分の国のことではないのに日本人を思ってこのような式典に参加してくれるドイツ人の人たちはすごいなと、心から思いました。


今日、平和式典からホテルに帰るまでの間で、さいふを盗まれました。それまでは危ないと思って前にリュックを背負っていたのですが、少し油断してうしろに持ってしまったので、気づいたときにはもうチャックがあいてて、さいふだけきれいにとられていました。すごく悲しいし、悔しいけど、2万5000円分のいい経験ができたと思うことにしたいと思います。





松本愛由 4日目 主な訪問先:JETRO デュッセルドルフ訪問学習
今日は、JETROについて矢舘さんに説明してもらいました。JETROは様々な国で農林水産食品輸出の支援や地域間の支援など多くの仕事をしていてすごいなと思いました。日本について外国の方々に知ってもらうために会を開いていて良いプロジェクトだと思いました。もっと日本について知ってほしいなと思いました。
今日は、当番で電車の情報を調べたり、みんないるか人数確認をしたりしました。電車が何番ホームで止まるかを調べに行ったとき、掲示板やimformationで見たり聞いたりしました。調べたことがしっかり当たっていた時、とても嬉しかったです。


夕方には、広島原爆投下記念日平和の鐘式典に参加しました。日本だけでなく、ドイツの方々がそれについて考えてくださっていて感動しました。二度とこのようなことを起こさないために式典を開いていてとても素晴らしい国だと思いました。式典の最後には、白いはとを手で包み一斉に離しました。白いはとが飛び立っていくのを今でも覚えています。きれいでした。はとを手で押さえていた時、飛んでいってしまわないかひやしやしていました。でもしっかりできたので良かったし、初めての体験でした。夜ご飯は、やきそばのようなものを食べました。量が多くて驚きましたが、美味しかったです。
夕食後、ホテルにあるプリクラ的な機械で写真を取りました。取るまでの時間が速すぎて驚きました。3枚ぐらい取り、とても楽しかったです。





8/6 4日目 蛭田 里桜  主な訪問先:JETRO・ベルリン
4日目の午前中、JETROの矢舘さんからジェトロについてお話を聞かせていただいた。今までJETROの存在を知らなかったから世界各地にあって色々と支援をしてプロジェクトをしているんだと分かって裏でたくさんの人が私達を支えてくれているんだなと思った。
また、再生可能エネルギーについても取り組んでいて、正直今まで再エネだとか再エネが大切などの声が多く「あっ再エネが大切なのか」と思っていたがその裏では「再エネのしくみが難しくて分からない」と思っていた自分もいる。


でも、矢舘さんの話を聞いて再エネについて表などを示してくれたから何が必要なのかが分かり再エネが本当に必要なんだと思った。
次にドュッセルドルフからベルリンに移動した。電車の中で小玉さんから報道などのしくみについてたくさんのことを聞いてやはりメディアリテラシーを強く意識するのは大切だなと思った。
また、移動する前に菜穂子さんから難民の人や難民の人を助ける自分自身の心のケアも必要だと言うことを学んだ。
ベルリンに着いてからは、ちょうどこの日が広島に原爆が落とされた日でその式典に参加してスピーチを発表した。
感情がこもってしまい泣いてしまったがこの日を忘れてはいけないと思った





戸川幸恵 4日目 主な訪問先:JETRO
4日目はJETROのお話を聞きました。ドイツと日本の違いで直接的なドイツでは「Yes」か「No」で答えなければならないことが日本と大きく異なっていることを知りました。ドイツで日本食をアピールしたり、福島県のアピールをしたりしている矢舘さんからお話を聞きました。ドイツ以外にもパリなどでもJETROの活動は行われています。5月26日に行われた Japan Tag (日本デー)には約60万人の人が集まりました。そんなにも多くの人が日本に興味をもってくれていてうれしかったです。JETROの仕事の中で大変だったことは外国語と外国語同士で接するので、話がかみ合わないことがたまにあるということだそうです。


次にドイツの政治経済についてです。ドイツはEUの中でもGDPが1番高いです。特に、車の生産が多い所はGDPが高いです。また、日本企業の進出も多いです。FUJITSUやSEKISUIなどがあります。エネルギ事情では、エネルギー消費を2050年までに50%削減、再生可能エネルギーを2050年までに60%など、たくさんの目標があります。少しずつ再生可能エネルギーの割合は高くなっています。ですが、設備が遅れているなどの課題があります。

次に、広島、長崎のセレモニーに参加しました。2人のスピーチをしんけんに聞いて下さったドイツのみなさん、2人のスピーチに感動しました。もっと広島、長崎の原爆についてもっと調べたいと思います。
ホテルに帰って、2ユーロのプリクラ(?)みたいな写真を撮りました。とても楽しく、いい思い出になりました。





8/6 4日目 石井聖真  主な訪問先:ドゥッセルドルフ
8月6日、ドイツの朝を楽しんだ後にJETROのドゥッセルドルフ事務所に行き、再エネのことについての話を聞いた。ドイツは再エネをどの国よりも積極的に取り入れて、クリーンエネルギーの発電量は極めて多い。しかし、せっかく発電した電気をどうやって運ぶのかが問題であるそうだ。


ドイツの北側に海があるため、風力発電は海の上で行われる。それは風車の騒音や健康被害を考えてのことである。洋上で発電された電気を南側に運ぶために、今よりももっともっと多くの電線が必要である。その計画も進んでいるという話を聞いた。どうやって発電するか、どうやって効率を上げていくか、ということばかり考えていた自分にとっては、ここにも問題があるとは知らなかったので新しく学ぶことが出来た。
またここの事務所で勤務されている矢立さんは福島県庁で働いていて、ドイツに派遣されている。公務員はデスクワークが主な仕事でパソコンや書類を前に仕事するものだと思っていたが、色々な種類の働き方があるのだと感じた。


その後は広島の原爆についての平和式典が行われた。それに参加し、スピーチをした。冒頭で一笑いとり、無事にスピーチを終えられた。その式典にいたドイツ人のおばあちゃんが一人、司会者の方へ行き、“原爆や原発だけでなく武器などもなくす必要がある”と言っていて、全くその通りだと思った。





菅野真帆 4日目 主な訪問先:JETRO・ベルリン
午前中はJETROを訪問しました。私は、ここに来るまでJETROの存在を知りませんでした。JETROはあらゆるところにあると知り、驚きました。ドイツでは、挨拶は握手が大事で、力強く、相手の目を見て握手しないと、やる気がないのかな?と思われてしまうそうです。考えてみると、ドイツ人の方々と握手をした時は、とても力が強かったです。働き方も、1年に〇日以上休まなければならない、と決まっていたり、3日間は、医者の判断がなくても、体調が悪いときは休んでよい、という制度があったり、働きやすい国だと思いました。家族との時間を大事にしているところも良いと思いました。


そして、デュッセルドルフからベルリンに移動してきました。ベルリンは高いビルがたくさんあって、都会な感じがしました。
ベルリンでは、広島の原爆の平和式典のようなものに参加しました。スピーチの言語がわからなくても、一生懸命聞こうとしてくださる方、うなづきながら聞いてくださる方がいて、感動しました。白いハトをつかんで、放す、ということもしました。ハトは真っ白で、目がすごくきれいでかわいかったです。けっこうあばれるハトで、飛んでいってしまわないか心配だったけど、無事、放すときまでつかんでいられました。


日本では、8月6日はいつものように過ごされていて、何も考えずに人々は生活します。しかし、この日に空爆を受けていないドイツでさえ、このような式典があります。日本は、もっとこのような忘れてはならない日を大事にすべきだとおもいます。そして、日本が攻撃した日も忘れないようにするべきだと思います。
デュッセルドルフからベルリンに移動するとき、菜穂子さんとお別れしました。菜穂子さんさんからは、菜穂子さんからしか学べないことをたくさん学ぶことができました。本当に感謝しています。ありがとうございます。





8/6 4日目 戸田美穂  主な訪問先:JETRO
今日は、最初にジェトロに行きました。ジェトロではどんな活動をしているのか全然知りませんでしたが、話を聞いて、とてもたくさんの活動をしていることが分かりました。ジェトロの海外事務所が13カ国14事務所あるのが、すごいと思いました。そして、前にも聞いていた、休暇についての話も、やっぱりいいなと思いました。日本もドイツと同じように、年次有給休暇や病気休暇の決まりをちゃんと決めてより良くしてほしいです。そうすれば、もっと住みやすくなるんじゃないかと思います。今日話を聞いた矢舘さんの、ドイツに来ることになったときの体験談を聞けて良かったです。


そして、ベルリンまで移動しました。移動時間が長く、たくさんおしゃべりできました。明日からもがんばれそうです。
ホテルに荷物を置いた後、式典に行きました。2人のスピーチもありましたが、2人とも上手にできていてすごかったです。スピーチの後、少し待ってから白いはとを飛ばしたのもとても楽しかったです。ちゃんとはとを持っていられるか不安でしたが、意外と落ちついていたので大丈夫でした。
青い風船をとばしたのも楽しかったです。日本人も何人かいて、ドイツの方が日本語を少し知っていたことが嬉しかったです。


ホテルに戻ってきてから、女子のみんなで白黒の、加工がないプリクラみたいなやつを撮りました。1回3枚の写真を撮るので2ユーロもかかって、そんなのにお金かけたくないなと思っていたけど、思ったより楽しくて(おそらくメンツが良すぎるから)とても良い思い出になりました。
明日から学校なので、すごく緊張しますが、がんばりたいと思います。
ホストファミリーとも仲良く楽しく過ごしたいです。





吉田?真 4日目 デュッセルドルフ、ベルリン 今日は午前中、JETROを見学した。担当の方の話を聞いていて、再エネの開発が進んでいるドイツでもコスト面での課題があることを知った。そして、その課題を解決するのに関わってみたいと思った。また、僕が研究している日本酒がドイツでも人気があることが分かった。しかし、販売されている酒の種類が少ないそうだ。福島県は全国日本酒鑑評会で7年連続金賞受賞数日本一だから、僕は高校の生物部で日本酒作りに使われる酵母の研究をしている。自分やその後輩が発見した酵母を使った酒が海外で売られたら、本当に嬉しい。


夕方の原爆の日の集会では、りおさんと聖真先輩がスピーチをやった。りおさんがスピーチの冒頭に涙を流し、それにつられて英語が分からない聴衆の人々も泣いていた。それを見ていて、発音やイントネーションはもちろん大切だけど、つたえようとする気持ちが一番必要なんだと思った。スピーチのことでは、自分なりに決意したことがある。最終的に、スピーチは原稿なしでやることに決めた。昨日だって原稿を見ることはできたし、そうすればもっとマシなスピーチができたと思う。でも挑戦したのは、自分の言葉で伝えたかったからだ。


今日の夜、菜穂子さんに「失敗して悔しかった」と伝えたら、菜穂子さんは僕に「スピーチの優劣はつけられないけど、今日の?真はNO.1だった。」と言ってくれた。その言葉を信じて僕は頑張る。そして、5000人の聴衆の前でも100%のスピーチができるようになりたい。だって、菜穂子さんがZoomでのスピーチ練習の時にいつも言っていた「目の前に5000人の聴衆がいると思って」をメンバーの中で一番聞いたのは自分だから。僕のスピーチの内容は聴衆に涙を誘うようなものではない。でも、一生懸命やれば、感動にも勝るものを聞き手に与えられる。その可能性を追い求め続けたい。