2019年8月8日木曜日

福島を伝え再生可能エネルギーを学ぶ 福島・ドイツ高校生交流プロジェクト6日目(8月8日)

6日目はホストファミリー宅から訪問し、学校での授業体験でした。
さて、ドイツの高校での授業体験は、ドイツ語で数学や科学や社会やスペイン語の授業が行われ、理解するのが難しかったです。
ホストシスター・ブラザーが教えてくれるケースもあるが、授業が進む中、見ているだけの授業もありました。多くの高校生たちが手を挙げ発表する雰囲気を味わえただけでも、大きな成果でした。


ランチを挟んで福島の高校生のスピーチをしました。
最初に絆ベルリンの岩手での支援活動の紹介が60分。ふくもとさんの福島の原発事故の報告が60分。
そして、アースウォーカーズの報告の時間になりました。
時間が押しているから小玉さんの報告はカットしていいですか?と提案されたが、それはなしです。少しでも時間をくださいと言いました。
駆け足で5分間の報告をした後、高校生たちのスピーチをしました。


発音はまだまだですが、それぞれが成長を感じられました。
特に崚真さんは、デュッセルドルフでの報告に原稿を忘れ、小玉代表のパソコンで見る事は出来たのに、原稿なしで挑戦したいと言いました。その思いから、今回は、原稿を見ずにスピーチしたいと言っていました。感情もこもり、迫真のスピーチでした。
よくぞデュッセルドルフで原稿を忘れたね!失敗は成功の元とはよく言ったものです。


他のみんなのスピーチもそれぞれ良かったので評価したいところですが、長文になりすぎるので、割愛します。
あと、この日は美悠さんが原稿を忘れました。次回は暗記できるかな?
この日のスピーチを時事通信が取材に来ていただき、配信されました。
そして、学校を後にし、世界遺産のベルリンの壁へ行きました。
この日は宮崎でこども園の園長をしているサシャクリンガーさんが、ドイツの実家に帰っており、急きょ合流しました。


サシャさんは2011年一緒に石巻の支援に行ってからの友人です。
アースウォーカーズの理事も担ってもらい、活動を支えてくれています。
そして、彼は東ドイツで生まれ育ち、当時西側ではお菓子がカラフルだったのに、東側は白黒のお菓子しかなかった事。
物が少なく、バナナを食べれるのは貴重な日だった事。西側に行けなかった日々、そして西側に行こうとして東側に射殺された人たちがいた歴史。
淡々と語る、彼の言葉の力の重みを感じた1日でした。


この日は、第1回の同プロジェクトでホストファミリーをしてくれたトニー(ベルリン自由大学学生)さんも駆けつけて、高校生たちと交流しました。
良いひと時となりました。
さて、学校に戻り、高校生はホストファミリーの家に帰宅しました。
小玉代表はデニツさん、サシャさん、トニーさんと夕食交流となりました!
この日時事通信社から配信されたニュースです。
https://www.jiji.com/jc/article?k=2019080900196&g=int

報告会に参加してくれたロコさんのレポート
http://snbblog.sundayresearch.eu/?p=4190

以下、高校生の感想です。





6日目 吉田崚真 主な訪問先 ベルリン(高校・ベルリンの壁)
今日は朝から学校へ行き、授業を受けた。スペン語の授業をドイツ語で受けたので、めっちゃ眠かった。午後からは交流会に参加し、スピーチをやった。原稿を持たずに前に出るのはさすがにマズいので、一応手に持って話した。1回しか原稿を見ずに、感情をこめて話せたので、とても気持ちが良かった。スピーチをしている時間がどんな時間かは人によって違うと思う。緊張する時間な人もいれば、当時のことを思い出し、悲しい時間になる人もいる。でも、僕にとってスピーチの時間は楽しい時間でしかない。ステージに一人で立ち、皆の視線が自分に集まる。少しの緊張感はあるけれど、それも含めて楽しんでいる。


そして、大きな声で自分の体験や意見を主張する。これほど気持ちの良いものはない。すピーチをやっている時間は、自分が唯一、まともな人間になれる時間であり、輝ける時間だと思う。可能性は低いが、もし明日Fridays for futureの集会で話せることになったら、僕は全身全霊をかけて臨もうと思う。明日5000人の前で話せるかどうかは、僕たちの運と、小玉さんの手腕にかかっていると思う。(後者はジョークだ。)幸運を祈ろう。
交流会が終わってからはベルリンの壁を見に行った。書くスペースがないのですべてを伝えることはできないが、一つだけ印象深かったことがある。ベルリンの壁のコンクリは、超丈夫だ。破片を持って帰りたくて、落ちてないか探したり、軽くたたいたりしたが、無駄だった。結局、土産屋で売ってた本物かも分からない破片を、小玉さんの「本物と思えば本物や」というどっかの怪しい宗教のような口車に乗せられて買ってしまった(笑)
明日はFridays for futureの約5000人が集まる集会に行く。たぶんスピーチは難しいだろうけど、ドイツの高校生の政治に対する姿勢をしっかり学びたい





松本愛由
6日目 ベルリンの壁跡見学
今日の朝ご飯は、コーンフレークに牛乳をかけて食べました。家を出る時間が9時50分だったので、ゆっくり準備することが出来ました。でも日本では、いつも7時に家を出発しているので、こんなに遅く家を出発して大丈夫なのかなと不安になりました。学校では、1時間目に、ドイツ語をやりました。先生が問いかけると、ほとんどの生徒が手をあげて自分の意見を発表していて日本とは違うなと思いました。でもこのような授業の仕方は、とても大切なことだと思いました。ホストファミリーのマラの友達に「Hello」や「Bye」と声をかけてくれたので、とても嬉しかったです。生徒はみんな私服でアクセサリーをつけていたり、マニキュアをしていました。私が通っている学校とは全然違うなと思いました。場所を変え、みんなの前でスピーチをしました。とても緊張しました。聞いている人の中で涙を流している人がいて伝わっていると感じとても嬉しかったです。


スピーチの後、ベルリンの壁跡見学に行きました。ベルリンの壁は、突然でき、仕事に戻れなかったり、家族と会えなくなってしまったりしたと聞き、とても悲しくなりました。もし、突然家族と会えなくなってしまったら、悲しくて耐えきれないと思います。壁を乗りこえて逃げようとした人や政府に対しなにか発言した人などが殺されたと聞きました。また、逃げる策を考えるために川の近くでうろうろしていた人も殺されたと聞きました。その人は、服屋を経営しようと考えていた人だそうです。これから自分がやりたいことがあるのに、それを突然制御されたり、できなくなるのはとても苦しいことだと思いました。今は、自由に発言できたり、自由に行動できたりできるので良かったです。また、このように変化してとてもよかったと思いました





遠藤颯人 6日目
今日は朝食を食べてから電車に乗って学校へ行きました。普通は徒歩で通学するので新鮮でした。
学校ではまずフランス語の授業を受けました。一番前の席で授業を受けましたが、先生が言っていることがドイツ語なのかフランス語なのかすらわかりませんでした。モルテンも精一杯解説しようとしてくれましたが、僕自身もフランス語はあまり得意ではないようです。
その後、高校生との交流会に参加しました。スピーチでは、直前まであまり緊張していなかったものの、皆の前に立つととても緊張してしまいました。話しながら手や足が震えてしまいました。他のメンバーにはあまり緊張しているように見えなかったと言われたので、緊張を隠すことはできたと思います。


交流会の後はベルリンの壁を見に行きました。当時、壁が作られた時の工夫や西東ドイツの人たちの思いや行動なども知ることができました。壁に近づくと落書きや削った跡も見ることができました。ベルリンの壁によって当時、どれくらいの人が苦しんだのかということも知ることができました。
ベルリンの壁見学後、皆と途中で分かれて家に帰りました。家に着いてから少し休んで、夕食を食べました。今日はピザを食べました。とても大きく、切れていなかったので食べるのに時間がかかりました。
夕食後は、モルテンと一緒にオセロをやりました。ドイツ語では「オテロ」と発音するようです。
ホストファミリーとの生活も終わりに近づいていっているので、少しの時間でも大切に生活したいと思います。





6日目 菅野真帆 主な訪問先 高校、ベルリンの壁
今日は、初めて高校で授業を受けました。私は、音楽の授業を受けました。驚いたのは、生徒がものすごく手を挙げることです。自分から手を挙げて、前でピアノを弾いたり、先生が話している時も、指されるまでずっと手を挙げていたり、さすがドイツだと思いました。しかも、取り上げられていた内容がゲームのテーマソングで、日本ではなかなかないのでびっくりしました。同じクラスの人も、仲良く接してくれてうれしかったです。
 そして、お昼から交流会がありました。1人1人スピーチしたのですが、急に緊張して、頭が真っ白になってしまいました。でも、しっかり最後までスピーチできたので良かったです。


その後、ベルリンの壁に行きました。想像を超えるほどの歴史の深さに驚きました。壁を越えようとして、何人もの人が射殺され、逮捕されたといいうのは本当に悲しいことだと思います。もし自分だったらどうするか、と聞かれた時にすぐには答えられませんでした。その当時の人々は、つらい思いをして、生活していたのだと思いました。これは、二度とあってはならないと思います。
そして、ホームステイ先に帰りました。昨日いなかった妹のカーラちゃんがいました。お土産の扇子を喜んでくれて、ヘレナは家でずっと使ってくれて、本当に嬉しかったです。一緒にジェンガをしたり、おり紙をしたり、クワークルをしたりしました。折り紙は、私が知らない折り方をたくさん知っていて、逆に教えてもらっちゃいました。日本の文化が浸透していると知って嬉しかったです。今日は昨日よりも緊張がとけて、たくさん話をすることができました。明日は自分から話題をふったりできるようにしたいです。学校では、ホストファミリーの子だけではなく、他の子ともたくさん話したいです。





戸田美悠 6日目
今日は、朝から学校に行きました。そして、ドイツ語の授業を受けました。ドイツ語なので、全然分からなそうだなと思って受けたら、思った通り全然分かりませんでした。でも、ドイツの学校の雰囲気を感じることができました。誰か1人が発表しているときでも、多くの生徒が手をあげているのが日本の学校の授業とは全く違っていると思いました。黒板がとても小さく、先生も全然黒板に文字を書くことなく授業が進み、日本より騒がしい授業だと思いました。
そして、学校の後はベルリンの壁を見に行きました。ベルリンの壁にまつわるたくさんの話を聞いて、学校で習った時よりも当時のことを考えることができました。学校で習っただけで、写真でしか見たことがなかったので、実際に大きなベルリンの壁を見ることができて良かったです。ベルリンの壁を乗りこえようとした人たちの話もとても興味深かったです。


ホストファミリーと合流した後、テレビタワーに行きました。すみれちゃん、あゆちゃんたちとホストファミリーのふもとのお店を見てまわった後、2人達とは別れてホストファミリーとテレビタワーの中にある高級そうなレストランに行って夕食を食べました。綺麗な景色を眺めながらの夕食は、とても楽しかったです。昨日よりもホストファミリーと仲良くなれたと思います。英語でたくさん話せるようになってきて、色んな話もすることができました。ホストファミリーの家にいる2匹の猫も、私を嫌うことなく仲良く(?)してくれているので、ホームステイをもっと楽しみたいです。
学校の授業も明日は美術と化学らしいのでがんばりたいと思います。そして、スリにあわないように気を付けて行動することを心がけるようにしたいと思います。





 戸川華恵 6日目 高校
朝起きてからオリンダとオリンダのお母さんと朝食をとった。自分がしたいことをうまく伝えることができて良かったと思う。でも、迷惑になるのではないかと不安になることよ沢山あった。それでもなんとか準備を終わらせた。昨日はオリンダと2時間程話し、自分の意見を伝えやすくなっていったと思う。おリンダの家から学校はとても近いから歩いて5分ぐらいで学校に着く。生徒の数も多くなっていって、学校に入ると美術の授業が始まった。聞いていたとおり、一斉に手を挙げていた。積極的に全員が事業に参加していて、日本ではあまり見られない光景だったと思う。同じ人でも何度も発言していたり、ずっと手を挙げていたりした。日本とは違って、少し自由な所もある。でもその分、全員が授業に参加していた。りお、すみれ、戸田と一緒だったから少し安心した。


授業が終わり、スピーチをすることになった。あまり緊張はしなかったけど、感極まってしまった。みんなのスピーチをゆっくり聞くのは初めてで、スピーチの意味を理解できたから良かったと思う。スピーチが終わって、ベルリンの壁に向かった。ベルリンの壁については知っていたが、どのような政治や経済が行われていたかは知らなかったから知れてよかった。思っていた以上に残酷で悲しくなってしまった。今の北朝鮮のような東ドイツは、今は西ドイツとも1つになり、当時のように厳しい状況から抜けだすには、とても大変だったと思う。夕方からは、りお、聖真のホストファミリーと私たちで、少し治安が悪い街に移動し、ご飯を食べた。怖い人がたくさんいたが、ホストファミリーとたくさん話せて良かった。





6日目 石井聖真 主な訪問先 ベルリン
8月8日。今日はホストファミリー小子と共にベルリンにある学校に行った。昨日の話では一校時目からあったらしいが、それがなくなり、朝の9時30分に家を出ても授業に間に合う日程であった。学校でのことは初めてのことや驚くことしかない。授業が始まる1分前に学校に着くこと。先生が話し始めて1分も経たないうちにクラスの数人が手を上げること。クラス全員が静かに先生の話を聞く、ということがない。ドイツ語はよく分からないが、こんな雰囲気で授業するのは楽しいと思った。日本では制服はあるし、授業開始の10分前には学校にいないといけないし、こんなにリラックスして授業は受けられない。学校にしばられている感覚さえ覚える。しかし、この体系は本当に生徒の学力を向上させるかは疑問である。おそらくこの授業は暗記するのはできない。先生や友達と話すことで理解は深まるが、覚えるために静かに集中する時間があるのは日本教育の方が良いと思う。


午後はベルリンの壁を見に行った。高い建物から壁を見て説明を聞いた。そこでは壁を越えようとした人のうち100人くらいが殺された。その中には赤ちゃんがいて、とても衝撃的であった。東西を分ける2つの壁には登れないように上の部分が円くなっていたり、当時使っていた照明もあってとても貴重な体験だった。ベルリンの壁の周辺で休憩している間にドイツの大学へ進学した、福島出身の方とお話しできる機会があり、とても面白く、興味をそそる話をしてもらった。ドイツの大学に行くのも良いのかなと思った。





6日目 久下 薫 主な訪問先 学校
今日はホストスチューデントのフリダと一緒に、学校へ行きました。歩いて電車のところまで行って、そこからまた歩いて学校へ行きました。最初の授業はよくわからなくて、昨日聞いたら「Art」と言われたので芸術の美術の授業なんだろうなーと思っていたら、確かに教室は美術室っぽいのに、もう一度きいてみたら「German」と言われるし教科書を開いて何かを読んでいるので、たぶんドイツ語の授業だったんだろうなと思います。授業の様子は、先生が何かを聞いたら生徒が手を挙げて答えるというかんじでした。授業中にみゆうのパートナーの子とみんなで紙に質問を書いて渡したりして割と楽しかったです。その後はスーパーマーケットに行ってお昼を買って、ホールみたいな所で食べました。


そのあとは、1人ずつスピーチをしました。今までで1番人数が多く、すごく緊張しましたが、何とか最後までやり切ることができました。次はもう少し落ち着いて、練習した部分が出せるといいです。そして今日も、りおとかえのサポート役もつとめました。2人ともすごくいい内容で、思いがすごく伝わってくるので、こっちまで泣きそうになりました。言葉足らずな部分はあったかも知れないけど、みんな一生懸命に聞いてくれてとても嬉しかったです。それが終わったあとは今度、ベルリンの壁跡を見に行きました。実際に壁と壁の間に入ってみて、この場所を当時の人たちは命がけで越えようとしていたのを考え、何ともいえない不思議な感情になりました。実際に殺されてしまった人たちの写真もあって、その中には小さな子どもや若い人たちがたくさんいて、子どもなどは、川にまちがって落ちてしまっても、親は助けにいけなかったというのを聞き、すごく悲しくなりました。名前を聞いたことがあったけど、何も知らなかったので、とてもいい勉強になりました。





蛭田里桜 6日目 学校
6日目はいよいよホームステイ先のこの学校に行きドイツ学生の生活を体験しました。授業の雰囲気はドイツ語で何を言っているか全然わからなかったけどみんなが積極的に手を挙げていて日本とはまったく違うなと思った。しかも日本はただ黒板に書いてある字をうつすだけだけどドイツは先生と生徒の話し合いのような感じだった。また授業中の風景は日本と全く違ってご飯を食べている人もいればスマホをいじっている人もいてすごく自由だなと思った。
次にスピーチを9人全員がした。泣かないと決めていたけどやっぱり思いがこみ上げてきて泣いてしまった。また終わったあとバディのNolaが抱きしめてくれて嬉しかった。しかもかえのバディも一緒に泣いてくれて伝わったんだと思って頑張ったかいがあったなと思った。



次にベルリンの壁を見た。思った以上に壮絶で1歳くらいの子も亡くなっていて西ドイツと東ドイツでも厳しさが全然違くてびっくりした。
夜ご飯はNolaとオリンダとそうたとかえとせいまとりおで日本で言うフードコートみたいな所で食べた。行く途中薬を売る人がいるから話しかけられても無視してと言われすごく怖かったけどそうたがついていてくれたから安心できた。やっぱりドイツ人はジェントルマンだと思った!

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