2015年6月12日金曜日

5日目 福島県に住むお母さんの話を聞きました

こんにちは、小酒井です。6月1日は「カーロ」福島にて福島市内に住まれているお母さん方の交流会に参加させていただきました。

YWCA活動スペース「カーロふくしま」です。

参加者は7人で2時間ほどの交流で話されていた内容を少しまとめてみました。

福島市内は帰宅困難地区と違い、線量が高くても震災後に住人が戻ってきて住み続けている。幼稚園や学校の行事も4年たった今、運動会などの外行事は、これまでの活動制限時間内で終わっていたのに今年はおひるを超えて更に続けられた。しかも、お弁当も野外で食べている方が大半であったこと。体育館の中で食べるのは数組の家族だけであった。線量を気にするレベルにも差がある。

ホットスポットファインダーという放射能測定器です。

学校の通学路をホットスポットファインダーで測ったところ、歩道の水はけを良くする為に使われた素材が放射能を含んだ雨を吸収しやすくなっている。そこを毎日登校している子どもたちがいる。あと、各学校によって除染や計測の対応も違っていた。私立のほが行政判断に縛られることなく独自の対応に応じてくれる所がある。そこに子どもを通わせたいが、金銭面や通学時間等考えると簡単に行ける所ではない。




あと、毎日天気のニュースに放射能線量が出るが、その数値も信用していない。
子どもの口から「将来子どもを産んでいいのか?産めるのか?」と言われた。すぐにでも引越ししたいが、夫はここから出たくないといい、子どもたちは学校の友達との人間関係を考えると、なかなかすぐにという訳にはいかない。しかし、そうしている間にも放射能を浴び続け、日々気を使いながら生活しなければならない。

このような日々不安や心配を抱えながら生活している事で、このまま現実的に生活し続けられないと考えるのは当然の事だと感じた。
お母さんは早く引っ越したい、
しかし、お母さんの考えに対して子どもの立場や夫の立場でそれぞれの考え方がぶつかり合い歪み合ってしまう事がある。
これが日々日常の中で存在しているのが現実であると知りました。

最後に、これだけ意識しているお母さんも放射能は目に見えないもので、意識しない事に慣れてくる怖さもあると言われました。「カーロふくしま」では、お母さんが日々思っている事を話し合い情報を共有していました。この事はすごく重要であり、1人で抱え込んでしまうと耐えられなと思います。

ですが、やはり原発事故から4年耐え続けてきた方々はすごく疲れて耐えられなくなってきています。福島県外にいる人はこのような情報はどれだけ知っているでしょうか。

以上。

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