2014年3月15日土曜日

3.11 東日本大震災から3年・・・

今日は震災が起こって3年目です。

私達は平和台公園で行われた東日本大震災の追悼イベント
『祈りの音楽 ―希望につなげて―』に参加しました。

準備の段階からお手伝いさせて頂き東北の復興と現地に住む人達が
少しでもはやく元の生活に戻れるよう願いを込めながら
希望や忍耐の花言葉を持つ50個のシバザクラを『3.11』の形に並べました。




















『3.11に連ねたシバザクラは、3.11から生まれる希望を信じて。』
という主催者河野知佳さんの願いが込められています。

14時46分になると震災後に福島から宮崎へと移住してきた方の鳴らす鐘とともに、
参加者全員が献花が置かれた東北の方向に向かって1分間の黙祷を捧げました。
それに続き生演奏のチェロの音色に乗せて東北の復興を祈りました。



















3月11日を休日にしようという話も出ているそうですが、一年に一度、
日本中が被災者の幸福と被災地の復興を願い、防災への意識を高める日になればいいなと思います。


せいじ 


2014年3月11日は、東日本大震災が起きてちょうど3年目になります。

節目の日である今日は、平和台で「祈りの祭典」が行なわれました。
このイベントでは、震災が発生した14時46分に被災地である東北に向けて黙祷を行ない、その後、太陽パネルを用いた追悼コンサートが開かれました。

このイベントは太陽光発電で全ての電力がまかなわれました。
福岡からそのシステムをちからさんが持って来て下さいました。
車一台に


















震災から3年が経ちましたが、被災地では、まだまだ多くの問題を抱えています。
行方不明者の捜索・瓦礫の処分・汚染水問題・原発問題など。

しかし、問題を抱えているにも関わらず、素人の私に出来ることはほとんどありません。これは、多くの人にもいえることだと思います。

3年が経ち、私たちに出来ることは何でしょうか?
多くの考えがあるとは思いますが、私が思うに忘れないことだと思います。



















阪神淡路大震災をはじめとする多くの大規模災害の時には、小さかったため、記憶がありません。しかし、今回の災害は、いろいろとわかる年代でもありますし、アースウォーカーズを通して多くの被災地の方とお話をさせていただきました。

また、福島第一原発の事故のように、何十年もかかる問題も起こっています。
これらのことを踏まえ、まずは、忘れないようにする。

そして、少しでもいいので私に出来ることをやっていこうと思いました。


最後に震災で亡くなられた方のご冥福をお祈りするとともに、被災された方全員が笑って暮らせる日が来ることを願っています。



                               たか



















今日は、東日本大震災から3年です。

EarthWalkersでは、


Zealに行く人と平和台に行く人に分かれ、それぞれのイベントに参加しました。

自分は、平和台公園の 祈りの音楽 というイベントに参加しました。






















東北の復興への祈りを込めた、とても良い音楽イベントになりました。

途中の合唱も楽しかったです。
アドリブの曲も素晴らしかったです。
また、チカラさん、ありがとう。お気をつけて。



















今日は3.11から3年です。

この日には、必ず何かしたい。と思っていたので

EarthWalkersで、このような活動に参加できて良かったです。

追記:3.11が祝日になるかもらしい。いつからかな?    

             
                                   けい




文責 宮大1年:遠矢 3年:平井 1年:古賀

2014年3月13日木曜日

ハプニングあり、涙ありの来んねキャンプ最終日。


  文責 福島大学 レイ
最終日の朝はとても眠く、私はタカさんに起こしてもらいました。

タカさんありがとうございました。
起こしてもらえなかったら、きっと目覚めなかったと思います。




 最後の日の夜には話が盛り上がり、眠らないで
朝を迎えたお母さんもいたみたいです。

鹿児島空港へ向かう前に、野菜の市場に寄って、
お母さんたちは、新鮮な野菜を福島に帰るお土産として買ってました。

みなさん段ボールに野菜をぎっしり買っていました。
福島のスーパーとかよりも値段も安く、私も驚きでした。
お母さんたちは大満足であったと思います。
















みなさん満足して鹿児島空港へ……
とうとうお別れの時がきてしまいました。
宮崎でたくさん遊んでくれたみんなとお別れです。

参加したお母さんと子どもたちから、感謝状として、
色紙を私たち学生にプレゼントしてくれました。
始まりがあれば、終わりもあります。




宮崎のスタッフも、福島のスタッフ、参加したお母さんたち、
そして子どもたちも別れを惜しむ涙でいっぱいになりました。

これから福島へ帰り、またいつもの生活に戻ると言うのに、
この宮崎に来んねキャンプでみんなと過ごした、
一週間の楽しかった時間がよみがえってきてしまいます。

私もみんなの涙を見て、お別れなのかと実感しはじめました。


















そして飛行機へ乗り、福島に帰るという気持ちに
移りつつあったのですが、鳥が、私たちの乗った
飛行機にあたってしまい、出発の時刻が大幅に遅れる
というアクシデントが起きてしまったのです。

お母さんたちが、「行きも帰りもアクシデントだね、
このまま宮崎に残っちゃうかー」という半ば本音では
ないかという発言をし、笑顔でしゃべっていました。 

そして、空港から出てきて、また宮崎のメンバーから
出迎えてもらい、来んねキャンプ番外編?が始まりました。


















みんなで、お昼を食べながら、西郷さんの銅像がある公園で、
飛行機の時間までかくれんぼや、おにごっこをして遊びました。

お母さんたちは西郷さん銅像を見て、誰か思い当たる人がいたようです。


 













あっという間に時間は流れてしまい、
予定通りであれば、福島に着いている時間に
鹿児島空港から出発しました。

飛行機では子どもたちやお母さんたちは、アクシデントに
振り回されて、疲れていてぐっすり眠っていたと思います。

私も眠っていたので正確には分かりませんが……

成田空港に着いて、福島に持って帰る荷物が多すぎて、
運ぶのに総動員で協力して、荷物を降ろして運びました。

特に野菜が強敵でしたが、大事な食材なので一生懸命運びました。
















飛行機の次は、バスです。アンパンマンの映画を見ました。
みんなアンパンマンをじっと見ていました。私も見ました。


子どもたちが疲れて寝てから、お母さんたちはとても楽し
そうに話していました。

宮崎の思い出話とか、他にも書ききれないほどたくさん
話していたようです。

郡山で降りるときに、お母さんたちがハイテンションで、
荷物を降ろしていました。
私は眠気もあり、お母さんたちのテンションに
ついていくことができませんでした。

子どもたちのように活き活きしている印象でした。
















そして本宮で解散して、福島で全員解散しました。
本宮から福島までのバスの中は、今までが賑やかで
あったせいか、少し静かでした。

本来であれば、およそ午後6時到着予定が、
次の日の午前3時となりました。

行くときは大雪で苦労して、帰りは飛行機のトラブルに
振り回されてしまいましたが、
参加した方たちの宮崎で過ごした日々は、大切な思い出となったと思います。

福島大学 青木励