今日の午前中は、
双葉群浪
まだ、車がそのまま放置されている所や、地震の影響で壊れてしまった家などがありました。
ここに、
人ごとのようには思えなくなりました。
僕は、
この8月に帰った時、
と考えると、
こんな、悲劇は繰り返して欲しくないです。
でも、
午後からは、借り上げサロンという、
他にも「元気モール」
お話をしていて、おばあちゃんが
「
しかし、そのおばあちゃんはもう一言
「でも、
い思いをしたはずなのに、
また、
明日は、避難指示解除準備区域での室外作業です。
すこしでも、
最後に、いままで助けていただいたすべての皆さん、
文責:須見
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○●気仙沼ボランティ1日目●○
2年ぶりに、気仙沼の水梨小学校仮設住宅にやってきました!!
2年前に来た時に自治会長をされていた菊田さんは、
現在は一般社団法人ボランティアステーションin気仙沼の代表をされていらっしゃいました。
今回、またマッサージをしに伺わせて欲しいという連絡をさせて頂いたら、
一つ返事で色々準備をして下さいました!
本当にありがたいです☆
そして、菊田さんに案内して頂き、水梨小学校の仮設住宅の集会室に行くと、
すでに住民の方々がマッサージを待っていて下さいました!!
前回させていただいた方もいて、2年前なのに覚えていて下さっていて、
とっても嬉しかったです!!
前回来た時に、集会室に時計が無いということで、
急遽、アースウォーカーズから時計を寄付させて頂いたのですが、
その時計の横に、アースウォーカーズという名前を貼って下さっていて、
前回、会わなかった方々も、
「あ〜このアースウォーカーズの方ですか〜!ありがとうねぇ〜」
って言っていただきました☆
でも、その写真を撮り忘れたので、明日写真撮ります!!!
ここの仮設住宅は、水梨小学校の校庭に建てられています。
40世帯くらいの内、5世帯の方々がお家を建てられ引っ越しをされたとのこと。
「学校の校庭なので、何年ここにいられっか、わかんねぇけど、
私は後5年くらいはいる覚悟だぁ〜」
とおっしゃっている方もいました。
町の様子などを見ても、完全復興には、まだまだまだまだ時間がかかりそうだと思いました。
とっても明るくみなさんおしゃべりされているのですが、
「変わりねぇべか?」
「まぁ〜明るくなったり、暗くなったりだべ〜」
「あはは、電気を消したり、つけたりみたいだなぁ〜」
「でも、みんな一緒さぁ〜、思い出す時もあるけど、それを我慢してんだぁ〜」
やっぱり、そんな簡単に忘れる事はできませんよね。。。
でも、こうやって明るく暮らしていらっしゃるのを見て、
こちらが勇気をもらいます。
マッサージをさせて頂いて、少しでも体か軽くなり、
これからも前向きに頑張って頂きたいなと思います。
(現自治会長さんの千葉さんと♡)
マッサージの後、前自治会長の菊田さんと現自治会長の千葉さんが、
震災当時のお話をして下さいました。
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地震が起きたとき時、自分はなぜか感が働き、家には向かわなかった。
もし、家に帰っていたら、今ここにはいなかったと思う。。。
家には妻と両親がいた。
2階に大人が立って胸の高さまで、津波は来たという…
妻は本当に奇跡的に助かり、救助され病院に運ばれていた。
両親は残念ながら、瓦礫の下から遺体で見つかった。
遺体確認に行ったが、体は膨れ上がり、唇もめくれていて、全く顔は分からなかったが、
来ていた洋服で、なんとか両親だという事が分かった。
妻が病院に運ばれたという噂を聞き、駆けつけたが、もう退院していて会えなかった。
それから避難所を探しまわった。
避難所を周り「すみませ〜ん!○○(妻の名前)はここにはいませんか〜?」と言いながら、
探しまわった。
震災から4日後「すみませ〜ん!」とまだ名前を言う前に「お父さん!」
という妻の声が聞こえた。
奇跡的な再会。
本当に本当に無事でよかった。
~~~~~~
姉も奇跡的に助かった。
津波が打ち寄せたとき、家には姉と旦那さん、娘さん2人が家にいた。
外が騒がしいな!と思ったお姉さんは、玄関を開けた。
その瞬間、津波が打ち寄せた。
そのまま波に飲まれたが、奇跡的に2階の手すりに捕まり助かった。
2階から身動き取れなかったが、自衛隊に救助された。
びしょぬれだったので、2階にあった旦那さんの洋服に着替えた。
そして、無事妹さんと再会する事ができたが、
ずっと、家に帰らなきゃと言っていたそうです。
でも、家の周りは瓦礫だらけで、とても帰れなかった。
が、4/1に帰ってみると、自衛隊の方々が道を造っていてくれて、帰る事ができた。
すると、自衛隊の方々が近寄って来て、
「このお家の方ですか?」
「この家が道を塞いでいるので、片付けさせて欲しい」と言って来た。
よく見ると、家はそのまま流され、道を塞いでいた。
「でも、ここにまだ3人いるはずなんです!」
と訴え、探してもらうと、
旦那さんと娘さんのご遺体が見つかったそうです。
でも、お姉さんは旦那さんの死を受け入れられなく、
「この人は違います」とずっと言っていたそうです。
ご本人のお家は、 跡形も無く流され、
バスタブとベンキだけになっていたそうです。
今、大雨や竜巻で、日本全国、災害が相次いでいますが、
竜巻の時はバスタブやベンキに捕まればいいんだよ〜!と教えて頂きました!
災害から学ぶ!災害対策!!!
津波で海岸から500mはなれた鹿折唐桑駅付近まで流された船。
保存することも検討されたらしいが、来週から解体されることになったということで、
見に行ってきました。
本当にリアルに津波の凄まじさが分かります。
でも、本当にリアルすぎて、ここの方達は辛いだろうなと思います。
ここで、黙祷をさせていただきました。
ここにどれだけのお家があったんだろう…
ここでどれだけの命が亡くなったんだろう…
でも、そんな中でも少しずつ、少しずつ復興は進んでいました。
船のすぐ前にはセブンイレブンがありました。
恐らく、土台だけになってしまったセブンイレブンのタイルの上に、
簡易的ですが、新しいセブンイレブンが出来ていました。
(写真でわかるかなぁ??)
そして、まだ少し日があったので、2年前に来た時に、田んぼの泥かきをさせて頂いた場所に行ってみました。
(2年前の泥出しをしている写真。奥にまだ流された車が残っている)
2年前の写真とアングルが違うので、分かり難いかもしれませんが、
撓わに稲が実っていました!!!
ほんの少しお手伝いをさせていただいただけですが、とってもとっても嬉しかったです☆
(再建された簡易郵便局)
明日も水梨小学校の仮設住宅に行ってきます。
心と身体のケアができるようにがんばります!!
文責:あこロジ〜☆
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